子育て
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神崎恵さんがスペシャルゲストとして登壇された、エストのイベントにうかがいました! 大人の女性は、ライフステージの変化もあり、充実と多忙の中、不安定にもなりがち……。さらにここ20年で外気湿度はぐんと下がり、肌が砂漠のような乾燥にさらされる場面が増えているそう。 神崎さんご自身も子育てが忙しく、自分にかける時間がなかった30代。ローションマスクをしたり、重ねづけをしたり、化粧水を見直したことで、肌を8月22日
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いつも一番の味方かと思えば、厳しい注文をしてきたり。eclat9月号では、50代の母娘関係の実態と、その理由に迫ります。なぜエクラ世代と母との関係は良好なの?エクラ世代(50代)の母娘関係はおおむねとても良好。その背景には、母が生きた時代そのものがあるという!外でバリバリ働く夫にかわり、核家族の中で子育てに責任を負わされた結婚生活。同性の娘に自分の果たせなかった夢を託してくれたのだ戦後教育を受けた母世代 娘が社会で輝くのを応援! 母とショッピングをしたり、毎月ランチをしたり。気楽に会えない距離に住んでいたとしても、マメに電話やLINEで話したり。エクラ世代の娘と母は、なかなか良好な関係。それには理由があると、臨床心理士の信田さよ子さんはいう。「アラフィー世代の母親というと、だいたい75歳くらいでしょうか。つまり、第二次世界大戦が終わってから小学校にあがった。男女同権や女性の自立をうたう戦後教育を最初に受けた女の子たちなのです。だから“女性も勉強が大切”“がんばれば社会で活躍できる”と考えており、娘の進学や就職に理解がある人が多い。エクラ世代側も、さまざまな局面で母親に応援してもらったという人が多いのでは」(信田さん) 確かに、エクラ読者たちからは、「母はいつも私の味方」(Mさん)や「母に恩返ししたい」(Kさん)といった声がとても多い。父親不在の家庭で母と娘がより密接な関係に 男女平等を教育されたとはいえ、母親世代が社会に出たころはまだまだ男社会。大学を出てもいい就職先は少なく、女は家庭に入って子育ての責任を負うのが当然の時代だった。「父親不在などといわれていました。男性が仕事に没頭していた陰で、家庭では母親と子供は一心同体のような密接な関係に」(信田さん) そんな強固な母子関係の中で、母親の気持ちは同性の娘に向かった、と精神科医の香山リカさん。「自立を目ざしながらも、社会に翻弄されて夢を果たせなかった母親世代。大学に行きたかった、バリバリ働いて社会で輝いていたかったという願望を、同性の娘に託すようになった部分があります」(香山さん) そうした母たちのおかげで、私たちはもしかしたら母も夢見ていた、進学や就職を後押ししてもらえたのだ。それをわかっているからこそ、母のこれまでの苦労をねぎらい、今度は母に幸せになってほしいと願うのかもしれない。娘の心の声『専業主婦の母がじれったい。もっと自由に生きて!』(Mさん・49歳)今年74歳になる母は、学校を出てすぐ結婚し、ずっと専業主婦。母が大好きな私にはとても幸運だったけれど、今になってもったいないなと思う。もっと自由に、自分だけの世界をもって生きてもいいのに、と。先生のコメント「母親の年代が子育てをしていたころは、男性が外で働き女性は専業主婦がモデルケースだった。女性も仕事をもち、自由になるお金を手にしていることも多い今とは、状況が違ったんですよね」(信田さん)。時代が変わったからといって、いきなり生き方の転換を求めるのは酷なのかも。「母親の人生を尊重し、適度な距離で見守って」(香山さん)娘の心の声『本家の嫁となり家族につくした母。感謝です!』(Tさん・50歳)本当は都会に出たかったけれどかなわず、本家の嫁となった母。愚痴ひとついわず家のため、家族のためにつくしてくれた。私たちは母のような女性たちの恩恵を受けて、今の自由を手にしたのだと思う。もうただ感謝しかない。先生のコメント「母親世代が結婚したのは、女性は嫁いだ先の人間になる、という観念がスタンダードだった時代。都会に出る夢があったのに、それをあきらめて本家に嫁いだという母親には、相当な忍耐と気持ちのコントロールが必要だったことでしょう。娘がそんな母親の生きざまを認めることは、精神的にほどよい距離感を生み、よいのでは」(香山さん)お話をうかがったのは…精神科医 香山リカさん立教大学現代心理学部映像身体学科教授。『さよなら、母娘ストレス』(新潮文庫)など著書多数。臨床心理士 信田さよ子さん原宿カウンセリングセンター所長。著書に『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』(春秋社)など。8月21日
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前回、紹介した100%英語環境の保育園「GG KIDSインターナショナル保育園 不動前」。この「GG KIDS」には、幼稚園入園前の子供を対象にしたプリスクール、幼稚園や保育園、小学校の子供向けのアフタースクールなどを行う「GG KIDSインターナショナルスクール」もあります。 すでに園や小学校に通っているけれど、子供を英語に触れさせたいお母さんのために「GG KIDSインターナショナルスクール8月19日
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自分自身の生活にもリンクする、家族や夫との物語。まったくの非日常に連れ出してくれる、壮絶な愛や男社会のストーリー。eclat9月号では編集部がセレクトした“じっくり読みたい本”をご紹介。8月14日
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美しい色と光を宿す天然石には、人に癒しと力を与えてくれると言われています。以前、私が勤めていたジュエリーショップアンジェリーナ表参道は「願いを叶えるジュエリー」をテーマとしています。天然石の美しい色にときめいたり大好きなデザインのジュエリーを身に着けたりすることはそれだけでも幸せなことです。しかしそれ以上に、お客様からの希望があった場合オーナーが自らお客様とお話しをしその方にぴったりの石を探し出す、というジュエリーカウンセリングも行っています。先日そんなジュエリーカウンセリングに美女組同期のmieちゃんと行ってきました。時間の都合上、私はジュエリーカウンセリングを受けませんでしたがお喋りをするだけでもオーナーからは沢山のアドバイスを頂けます。アラフォーのマリソル世代、みんな同じ事を考えているかもしれませんがあと20年経ったら60代なんだよね、ってしみじみ思うんです。0歳~20歳までの瑞々しい成長期、21歳~40歳までの人間性を高める成熟期。もうこの2つの素晴らしい時間は超えたわけです。40歳を過ぎて次の20年はある意味人生の集大成。この時に自分にとって本当に大事なことをしないともう時間は待ってくれないって、身に染みて思うんです。なんだか真面目な話ですみません。美女組に応募したのももっとファッションの近くにいたい!もっとすごい人達をたくさん見たい!という思いからでした。何かを始めるなら1年でも早く、1カ月でも早く、なんていう焦りも感じています。たいした学歴も、職歴もない女にこれから何が出来るんだろうって考えたりもします。そんな私にオーナーは色々とお話ししてくれました。煮詰まった自分とは違った目線で問題を見てくれ様々な方向からアドバイスを頂くことがこんなにスッキリすることなんだな、とも思いました。仕事や家庭や子育てやらでとにかく忙しいアラフォー世代。大人だし自分のことは後回し、大人だし弱音とか言ってる暇ないし、なんて思いますが時には別の視点からアドバイスをもらうのもいいなって思いました。そうそう、アンジェリーナでは9月13日㈬~26日㈫の間に日本橋三越本店1階のアクセサリーイベントスペースで 「心の声を色で聞く ジュエルカラーセラピー」というイベントを行うそうですよ!路面店に行くのは勇気がいるかもしれませんがデパートなら行きやすいかも?もしご興味があれば、ぜひ行ってみて下さい☆8月14日
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全国で見つけたおしゃれ読者のスナップを大特集したLEE8月号。引き続きLEEwebでは、とっておきの素敵な着こなしをエリア別で毎日お届けします! 本日からの福岡編では、暖かい地方だけあって涼しげなコーディネートが得意の博多美人がたくさん! ZARAのコットンブラウスで可愛げと涼感を 「今日は陽射しがきついので、風の通るブラウスと麦わら帽子で涼しさ重視のコー8月7日
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【連載第14回】畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。(全14回)前回までの話を読む >版権: jreika / 123RF 写真素材真木も理沙もこんなふうにいつも直接何かを強いるでもなければ強制もしない。でも私が殻に閉じこもりそうになると、彼女達は必ず彼女達なりのエールを根気強く送ってくれる。面倒なことを避けるな。わかってくれない人にわかってもらおうとする努力を避けるな。表情には何ひとつ出ない私が、いつもうまく言えずに言わずに堪えたことで奥深くに押し込めざるを得なかったたくさんの悔しさに彼女たちは気づいている。久々に思い出した、この人達は昔からずっとそう私に伝え続けてくれてきたってことを改めて。仕事において必要なロジカルな説明はいくらでも出来るけれど、自分の思いや感情を表現し人に伝えることは昔からとにかく苦手な私を十分理解し、それでいいとしたうえで、味方でいてくれる理沙と真木という友達の存在の大切さは、若い頃より40を過ぎた今の方がずっとずっとよくわかる。「須藤さん」うまく伝えられるかわからないけれど、真木と理沙からの無言のエールをうけ、私は勇気を出して口にしてみることにした。教科書を隠されても捨てられても、黙って誰にも何も言えなかったあの頃と私は違うんだ。「何でもね、あきらめずに続けるってことは楽じゃない。瞬間風速的にあれやこれや手にすることは運があれば可能かもしれない。でも持ち続けるってことはそんな簡単じゃないと私は思ってる。だからもし、他人から見て、私がなんでも持っている、持ち続けている女に見えるとしたら、それは、他人に見えるか見えないかは別として『すごいね』の一言では片づけられたくない私なりの踏ん張りの上に成り立っているの。やっかみたければやっかめばいいし、何とでも言えばいい。でも私は何もやめないし、どれもあきらめない。夫も子供も家も仕事もキャリアも経済力もすべて、私は持ち続ける。ただあなたは私のこと、何でも欲しがる強欲女みたいに言ったけど、私は物欲が旺盛なわけじゃないの。その…ストレス発散でつい買い物で憂さ晴らししちゃう弱さは否めないけど、でもやみくもに物欲が旺盛なのとは違う」理沙と真木がにっこりするのを見て、私は深呼吸する。「もうちょっとだけ、話してみてもいい?」「どうぞ」須藤女史は黙ってうなずいた。「経済力を持つってことはね、自分で立つということで、自分で立つから初めて自分の思う方へ歩いていけるんだって私は思っているの。自分の思う方へ歩いて行けるってことはつまり、人生の選択肢を多く持てるってことだと思う。高価なバッグや服や時計が買えるとか買えないとかそんな話じゃなくて、どう生きよう、次は何しようってワクワクする人生の選択肢をひとつでも多く持てること、持ち続けられることが私には大切で、何より嬉しいし楽しいの。もちろんその分、本来ならしなくてもいいような無様な迷走をしたりもしちゃうけど、それでも『これでいいのだー!』って、いつかバカボンのパパみたいに言えるようになれたら楽しいだろうなって今は思ってる」かつては会社が掲げる素敵女子のロールモデル候補筆頭だった私が、40過ぎてちびっこ子育て真っ最中って、いまや会社としてもすっかり扱いにくい存在化しちゃって、ほんと情けないほどに立ち位置やキャラ作りに日々迷走で全く菩薩然となんてしてられない今日この頃。それでも。いや、だからこそ。 この先は「これでいいのだー!」と、自分で自分にいってあげられる女になりたい。正解か不正解。受験地獄の頃からずっと、いつもヒトに○×をつけられ、会社に入ってもなおヒトに評価され続ける毎日。もうそれはいいかな…。○でも×でも込み込みで、丸っとあははと受け止めればいいんじゃないかな。 そう笑い飛ばせる日まできっと、何度うずくまりそうになっても、投げやりになりそうになっても、これまでもこれからも、私にはどんな時もつかず離れずなにげにそこにいてくれる、ちょっとおかしな友がいる。 この人たちと3人そろってそれぞれに「これでいいのだー!それでいいのだー!」と50になっても60になってもお互いに言い合っていけたら…。 そう40半ばの今、私は強く願う。 精一杯思いを伝えた私を前に、ぱったりと黙ってしまった地雷女史=須藤慶子に、真木がゆっくり語りかける。「もしかしてさ、須藤さんもあきらめたくないものがあるんじゃない? でも思うようにいかないとか。せっかくだから旦那さん来るまで須藤さんのぶっちゃけ話もしてみちゃう? 全員順番ってことで。ね?」真木の驚くべきフリに、須藤慶子はふーっと息を吐いた。(小説・じゃない側の女~Side3あきらめない側の女 完)7月27日
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【連載第9回】畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。(全14回)前回までの話を読む >版権: october22 / 123RF 写真素材真木、私、面白い? これ面白いの? そうなの?子育てと仕事、どっちも手放したくなくてじたばたして。子供二人も産んでるのに、20年近く今の会社に勤めているのに、いまだへこむことも混乱することもまだまだあるんだよ。無くならないよ。悔しい思いもまだまだしてるよ。これが面白い人生を生きてるってことなのかな。ほんとに?私、まだそう思える域には全然至ってないけど。 そこへ、マスターがおいしそうなチーズケーキをホールで運んできてくれた。「これは俺から真木に、リニューアルオープン祝いのプレゼント。ほら特別にホワイトチョコでプレートは3枚作ってもらったから。祝! 植田真木。祝! 谷原理沙、祝! 畠山結花」「マスター、結花とあたしは何のお祝いすればいいの?」「逆に聞くけど、なんかないのかよ」「急に聞かれても」「じゃお預けな。なんか思いついたら申告しろよ。そしたらやるから。じゃごゆっくり」「ちょっと、チョコ置いてってよ! なんだよケチー!」マスターからチョコプレートを取り戻そうと追いかける理沙に構わず、真木は黙ってケーキを等分にカットしはじめる。金融業界で働く真木は、アパレルブランドの最前線で活躍する理沙のように、バッグだって靴だってブランド物や最新の流行を常におさえたり、持っているというわけではない。ネイルだってしている時もあればしていない時もある。が、彼女からはいつもいい女臭が漂う。どういえばいいんだろう、白いシャツとトレンチとデニムをさらりと着こなす、媚びずに揺るがぬいい女臭。ねえ真木。私は?私からは今、どんな女臭がしてる?真木が醸し出すものと私が醸し出すもの、反発買う度はそんなに違う? 何が違うのかな。そんな心の声が聞こえてか、じっと真木の手元をみつめる私に「ん? 結花もう食べる? フランス産のクリームチーズとフランス産の高級マロンムースを合体させたチーズケーキって書いてあるよ。美味しそー。はいどうぞ」真木はカットした最初のケーキを手渡してくれる。そこにマスターから力ずくでチョコレートプレートを取り戻した理沙が、向こうからものすごい勢いでかけてくるや、突如声をひそめて言った。「ちょっと前からすぐ後ろの丸テーブルに座ってる、あの一人で来てる女子。さっきからやけにこっち見てない? 気にはなってたんだけど、二人の知り合い?」誰? 見覚えある…ような、ないような。「あれ?須藤さん、須藤慶子さんじゃない?」真木が誰かの名前を口にする。「誰だって?」「写真部の須藤慶子さん」ああ。いたかも。何度か同じクラスになったことはあっても、部活もグループも違い、ほとんど個人的な会話をしたことはない女子だ。「せっかくだから声かけてみる? ケーキも3人分以上あるし」カットしたチーズケーキを理沙の前に置き、マスターから取り返してきたプレートをそっと飾りながら真木が言う。「いいけどあたしまじめに彼女、全然思い出せないわ。ほんとにいた?」眉間にしわを寄せながらぶしつけなまでにじーっと彼女を見続ける理沙に苦笑しながら、さっそく真木が声をかけにいくと、その女性はおもむろに立ち上がり、私たちのカウンター席に顔を向けた。※次回は7月23日(日)22時更新7月22日
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【連載第6回】畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。(全14回)前回までの話を読む >版権: benaung / 123RF 写真素材「ねえ、なんでほんとにしちゃうことになったのって?」理沙が楊枝に刺さったカマンベールチーズフライでつんつん突ついて来る。「なんだろ…30代半ばでの1回目の復帰より、40過ぎた今回の復帰の方が悔しいことが破格に多くてね。時間さえあれば出来るのに、お迎えいかないといけなくてどうしても納期を守れないがためだけに、やりがいある仕事には最初から関わらせてもらえなかったりして。しかもそれが若い頃より見えちゃうんだよね。でも、旬の時に“妊娠しちゃったので休みます宣言”して上層部をがっかりさせた女、っていうレッテルはなかなか消えないし、ペースダウンしたらもっと一線から遠ざけられちゃうし、かなり無理してアピールしないと、もと居たバリバリのラインには戻してもらえないしってもう頭の中が一杯で。だけど家に帰れば赤ん坊と小学生が待っていて、寝てくれるまで分刻みでご飯食べさせてお風呂入れて。子育てしてる人はみんなそうやってて、何も私だけが特別じゃないってわかってるんだけど、疲れてくるとあーもーなんで私ばっかり、みたいな気分についなっちゃって。そこに、こんな無理続けてまでも私ほんとにバリバリのラインに戻りたいんだろうかっていう自問自答も混ざってきちゃうと、精神的にマックス疲れちゃってね。いろいろ溜まってたんだよね、きっと。そーゆー一切合切の憂さ晴らしで、あーっもうただただ私今、猛烈にセックスしたい!って思ったっていうか」たまっていた鬱憤をぶわーっと私が吐き出し切るのを待ってから、ずっとニコニコと眺めていた真木が言う。「あーっもう今猛烈にセックスしたい!ってなんかそれ、ギラギラしたエリートの男が言いそうなセリフだね」エリートの男みたい? エリートなんてそんな高尚なものじゃないことくらい、自分が一番わかってる。だって今はそんな活躍すらできてないもの。ただのエロイおっさん発言でしょ。そうよ、私はレスが長すぎて、とにかく無性にしたくなっちゃっただけなの。「素朴に聞くけど、体力的にも精神的にも今のポジション的にも立ち居振る舞い的にもかなり混沌としちゃってるのに、それでもなお結花は仕事辞めたくないわけ?」再び理沙が聞いてくる。それぞれに多忙な私たちは、そんな頻繁には会えないから、たまに会うと、会わなかった間のそれぞれの思いを丁寧に聞きまくる時間がとても必要になる。「うん。辞めないね」「辞められないんじゃなくて、結花自身が辞めたくないんだよね?」「そう。辞めたくない」「旦那さんの給料も相当高いだろうに?」「それは関係ない。この前ね、憂さ晴らしに会社帰り一人でセリーヌの店舗をブラブラしてたの。そしたら長女の友達家族がどどっと入店してきたのね。面倒くさいけど、目があっちゃったからやむなく挨拶したわけ」「うん。で?」「『セリーヌかシャネルかどちらか、今日は主人にお財布買ってもらうの~♪』って奥さんが嬉しそうに私に言うの。その嬉しそうな奥さんを見て隣の旦那もまんざらでもなさそうな顔をして。でも私、その『買ってもらう』という感覚はどうしてもなじめなくて、やっぱり『欲しいものは自分で買ってこそだ』って思うわけ。だからその奥さん見ながら、私は一生働くんだとその時も強く思ったんだよね」※次回は7月20日(木)22時更新7月19日
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友だち同士は楽しいし、新たな友だちも欲しい。仲がよくなってもそこは人間同士。eclat8月号では、エクラ読者へのアンケートから実際にあったトラブルや悩みに専門家がズバッとお答えします。50歳からも女友だちでいるための心得それぞれの生活がある大人同士の友情は、無理せず持続できることが大事。基本は、自分の定義する「友だち関係」を設定し、相手が同じように考えてくれることを期待しないこと。もちろん相手の定義に付き合う必要もありません。互いの定義を押しつけあう関係は、結局のところ振りまわされたりモヤモヤしつづけることに。結果、「友だちではない」と判断する相手とは、しょせんは続かないとあきらめることも必要ですし、それでも残る人は残ります。 ちなみに私の友だち関係の最低ラインは年賀状のやりとり。相手が返事をくれなくても、一年に一度の「まだ友だちですよ」という意思表示として必ず出しています。それがあるだけで、何かあったときには「友だち」という感覚を失わずに連絡をとりあえるものですよ。case1.相手に劣等感を覚えてしまう学生時代からいつも一緒で、今も仲よくしている親友がいます。彼女は昔から何かにつけ優秀で、今はバリバリのキャリアウーマン、有能な管理職で、趣味や交友関係も幅広く、華やかな生活を送っています。そんな彼女に、学生時代から若干のコンプレックスを感じていた私ですが、専業主婦になった今「どこでこんなに差がついてしまったんだろう」と思うことが多々あります。彼女と会うと楽しいし、今後もこの関係を大事にしていきたいと思っているのですが、会えば自分の無能さを感じ、モヤモヤしてしまいます。A.誰かの「自分はこんなに華やか、こんなに活躍」という話に対して、「それに比べて自分は」と劣等感を覚えてしまうのは、何かにぶつかったときに「痛い」と思うのと同じ、単なる衝撃への反応でしかなく、「なぜこうなってしまったんだろう」とそこから先を深掘りしてもしかたありません。それ自体は日常生活を送っているうちに自然に癒えるものです。ただし、エネルギーレベルが高い人は無意識に、盛んにそうした衝撃を与えてくるので、関係のもち方を変えることも考えたほうがいいかもしれません。直接会うことはもちろん、Facebookや電話なども「活躍アピール」されてしまいますから、メールや手紙など文字ベースの付き合いに。「お互い友人としてつながっている」という意識は、それだけでも十分にもてると思います。case2.価値観やペースの違いに戸惑う友人と価値観や行動のペースがどうも合いません。例えば、何かを決めるとき、メールのやりとりが一度ですむところを、何度もやりとりしなければならない回答しかこなかったり、一緒に旅行に行くときも、泊まりたいホテルや行きたい場所などのすり合わせがうまくいきません。落としどころを探すにはどうすればいいのでしょうか。A.生き方や環境の違いから、年をとるとそれぞれのペースや情報量の違いは顕著になってくるものです。単に何度もやりとりするのが面倒くさいということであれば、第一声として自分のプランをまとめて相手に投げ、「あとはそっちで決めて」と相手に一任してしまう、相手が素直なタイプであれば、あなたがすべてを仕切ってしまうのも手です。でも、もし相手にもそれなりのこだわりや経済レベルの違いなどの事情があり、さらに自分も相手に合わせるのがいやならば、一緒に行動すること自体に無理があります。「せっかくの旅行だから贅沢をしたい」と思うなら、そうした価値観と経済レベルの合う人と行くことをおすすめします。どうしてもその友人がいいなら、豪華な旅行でなく豪華な食事に。場合によっては「今回は私がごちそうするから一緒に行こうよ」とおごってしまうのもいいと思いますよ。case3.自分への悪口を見てしまった10年以上仲よくしていたママ友だちが、私についての悪口をやりとりしているメールが、なぜか間違えて私に送られてきてしまいました。夢にも思っていなかったことだったので、ものすごくショックです。せっかくできた友だちを失いたくない気持ちはあるのですが、知らない顔でその仲間と過ごすのも苦痛です。A.悪口の内容がひどいものなら、それはそもそも友だちではありません。縁を絶ってしまっていいと思います。少し意地悪な軽口程度で、知らない顔で過ごすのが苦痛なのであれば、笑いでごまかしながら「メールがこっちにきちゃっていますが、どうしましょう(笑)?」と返信してみるのも手です。もし、相手がまったく反応しなければ、それは本当の悪口だったのだと判断できるし、「ごめんごめん」と軽い感じで謝ってきたなら、それほどの悪気はなかったという証拠です。メールを誤送信してしまったことは相手もおそらく気づいていますから、悪気がない相手であれば、あなたからのメールに「謝るチャンスを得た」と思ってくれるはず。放置して長い間グズグズするより、反応してそうした真意がわかるほうがいいと思います。case4.助言をしたらキレられた気心の知れた古くからの友人に、子供のトラブルで相談を受けたときのこと。子供がいない私なりに考えて答えたつもりでしたが、何か気に障ることをいってしまったのか、「しょせん、子供がいないあなたにはわからない」と一蹴されてしまいました。せっかく一生懸命考えたのに……と少し腹が立ったのですが、こんなときは、どんな対応をするのが正しいのでしょうか。A.基本的に、友だちからの相談にはアドバイスはしないのが一番。特に子育ては最もセンシティブな問題です。子供のことをすべて自分の責任と背負い込んでいる母親は、こうした状況では神経過敏になっていますから、過剰反応しがちで、あらゆるアドバイスを「要はあなたがちゃんとしていないから」と受け取りかねません。相手はただ話を聞いてほしいだけですから、「何も悪くない、よくがんばってる。お母さんって大変だよね」と肯定し、ねぎらってあげるのが最善です。アドバイスしない場合でも「子供がいないからわからない」というのは、相手が見捨てられたような気持ちになりますからNG。何かいわなければすまないような雰囲気であれば、「私は子供がいないから見当違いかもしれないけれど……」と前置きしたうえで話すといいですね。case5.SNS を見るたび疲れてしまう友人がFacebookやインスタグラムにアップする、私生活の自慢やリア充話を目にするたびに疲れてしまいます。名前を伏せながら書かれた文句なども、自分がいわれているような気がしてしまいます。でも今の時代、そういうものをやらないと、友だちとの連絡もとりづらく……。A.ご参考までにいえば、私の患者さんにはFacebookは禁止しています。理由は、ほかのSNSに比べて、リア充話が圧倒的に多いからです。Facebookは写真の表示も大きく、文章も長く書けるので、投稿者はどうしてもその仕上がりが気になります。投稿はある種の作品で、必ずしも事実とは異なるのですが、目にすればやっぱり精神的に翻弄されてしまいますよね。それでもSNSをやりたいならば、写真も小さく文字数も少ないTwitterを。「いいね!」をしなければ!というプレッシャーも少なくてすみます。私自身も利用しているSNSはTwitterのみ、それも自分が楽しめる範囲でのみ、やっています。連絡はメールなどで十分事足りますし、やっていないと取り残されるというのは思い込みなのです。お話をうかがったのは...精神科医 水島広子先生’68年東京生まれ。慶應義塾大学医学部卒、同大学院修了。同大学精神神経科勤務、衆議院議員などを経て、現在は対人関係療法専門クリニック院長。摂食障害、トラウマ関連障害などを専門とする。心の健康のための講演や著書多数。最新刊は共著『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』。7月19日
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【連載第3回】畠山結花(はたけやま ゆか)43歳 ゼネコン勤務の一級建築士。同業のハイスペック夫と2人の子供、瀟洒な一軒家。「すべてを手に入れて」順風満帆な人生を突き進んでいるように思われるが…。(全14回)前回までの話を読む >版権: donot6 / 123RF 写真素材大学時代から付き合っていた同級生の彼と28歳で結婚した。特に問題はなかったけれどこれといった情熱的な盛り上がりもなく、結婚から6年位して、同じ会社の既婚の「出来る男」と燃え上がり、ああやっぱり本気で惚れた男と居る方が断然楽しい。離婚しようかなあ、特別いいも悪いもないけれどこの人と一緒に生きていく意味もないかも…なんて思い始めた矢先に一人目が出来た。それも祖父の葬式の夜に、大好きだった祖父が居なくなりなんとなく寂しくて人肌恋しくなり、宿泊先のホテルで何年かぶりにいたしてしまったら一発で。スピ系への傾倒はない私でも、さすがにお葬式後の一発で出来た子だと思うと、祖父が「別れるな」と言っているような気がして迷わず産むことを決意し、旦那とも別れないことを決めた。理沙や真木には「こんなとこでも、結花は効率的に無駄のない仕込みするんだね」と笑われたほど、あまりに予想外・予定外過ぎるあっという間の妊娠で、5カ月になるまで全く気付かなかった。生理のサイクルは昔から理沙に「犬か」と言われるくらい半年に一度何てザラだったし、おなかが張るのも長めの便秘かと思う程度だったわけで、気づかなかったからガンガン飲んだしガンガン仕事してガンガン徹夜もしてしまった。そんな私でも、勝手なもので、出て来たらやっぱり可愛くてかわいくて、顔を見るたび毎日、こんな私から無事に生まれてきてくれたことに、ただただ感謝してしまう日々。可愛い。本当に可愛い。とてつもなく可愛い。ずっとそばで眺めていられる。…けれどその一方で、やっぱり会社には、仕事には、速攻戻りたかった。だって34歳、一番仕事が乗っていた時だったから。高校時代から建築の道に進むと決めて、大学も第一志望の建築学科に入り、希望どおり今の会社に入った私としては、結婚しようが出産しようが、好きな仕事を辞める気などさらさらなかった。どんな時もこの仕事が好きだった。建築費の高騰がひどい時は、値段を下げるべく設計を見直したり、見積もりを1から取り直したり、微に入り細に入りものすごい労力が必要で、それでもなお純粋にいい建物を提案できない歯がゆい状況になることだってあるけれど、どんな時もやりがいは減ることなく、この仕事を辞めようと思ったことは一度もない。だから上の子を産んだ後の復帰は、旦那や親のサポートをもらって自分なりの最速最短で復帰した。それでも配属先は休み前にいた第一線的なハードな部署からは外されてしまった。どこかでホッとしつつもやっぱり多少の悔しさは否めなかった。いや正直言えば悔しさの方が大きかった。でもこの葛藤は、産んだ以上しばらくはきっと続くのだろう。悔しい。が、子供が少し育ったら、またやりたいだけ仕事ができるようになったら、私は絶対最前線に戻るんだ。少しの我慢、ちょっとの間だもの、そう自分に言い聞かせた30代前半、まだやる気とパワーに満ち溢れる自分を励まし奮い立たせた一度目の復帰だった。旦那とは、人生初の取り組み=子育ての相棒として、それなりにいい協力関係を築いていると思う。けれど男としての魅力はかけらも感じられないまま、父親としての彼への不満だけが増えていき、出産以降、レスは上の子が小学生になる年まで何年も続いた。にも関わらず。今度は祖母の葬式の夜、またまた出先のホテルで数年ぶりに行きがかり上いたしてしまったら、またもや一発で二人目が出来た。完全予想外・予定外パート2だった。 こっちは祖母から「だから夫婦仲良くやりなさい!」と言われた気がして…今に至る。私の驚き以上に、会社側にとって私の二人目の妊娠は恐ろしく予想外であり平たくいうと迷惑だったようだ。報告を聞くや上司からはおめでとうの前にはっきり「とっても残念。がっかりした」と告げられた。まだマタハラという用語が公に認知される前だったか、非常にわかりやすく、あからさまな失望をはっきり告げられた。当時設計部では「女性戦力の再強化」を方針に掲げ、私を設計の第一線で働く子持ち女性モデルにしようと目論んだ上層部が、広報部や人事部とタイアップしたメディアへの露出など、様々な施策を具体的に動かし始めていた時期だった。若い女子たちが「私たちもあんな風に素敵に働きたい!」と思えるような、建設業界で輝く女性のロールモデルを作ろうという会社の思惑を受けた私は、順調なキャリアローテーションの事実を作るため若干謎な異動もしながら、それなりのプレッシャーや重荷を背負いつつも、やるだけやろう!ロールモデルとしてしっかり立ちあがろう!と会社の思惑以上に誰より私自身が一番燃えていたさなか突然の「妊娠」だった。※次回は7月17日(月)22時更新7月16日
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好きなもの、好きなことがどんどんはっきりしてくるエクラ世代は、インテリアをもう一度考える絶好のチャンス。eclat8月号では、中山まりこさんの好きなものだけにフォーカスした空間づくりをご紹介。ブランドや"○○風" にとらわれず好きなものだけにフォーカス。新たな発想が生まれる空間に「○○風」とスタイルを決めず、アレンジしながら自分らしく ブティックやカフェが並ぶにぎやかな通りから少し入った住宅街に立つマンション。室内に入ると窓から緑と空が望め、静かで開放的な景色に、都心にいることを忘れるほど。「ここからの眺めにひと目惚れしました」と話すのは、ファッションブランド「マディソンブルー」のデザイナー、中山まりこさん。戸建からマンションに住み替えたのは3年前。これまでの子供中心の生活から、夫婦ふたりの暮らしにシフトさせ、これからの人生を豊かに、快適に過ごしたいと考えた。「息子が友だちを連れてきて思いきり騒げる一軒家は、子育てにもほどよく、汚れても壊されても気にならない家具選びが基準でした。息子が家を出たのをきっかけに、これからは大人の生活を楽しみたいと、住まいをリセットすることにしました」 築20年を経た外国人仕様のマンションはクラシカルな趣が漂い、仕上げの素材も上質。広々としたクローズドキッチンは「来客の際も、キッチンで集うことができ、リビングにいてもキッチンの気配を感じることなくくつろげるのがいい」と気に入ったポイントのひとつだった。そこで、4LDKの間取りはそのまま、必要な家具をプラスしてカスタマイズすることに。リビングのオープンシェルフをはじめ、テレビボードやダイニングのサイドボードなど、収納を兼ねた家具をアクセントに、自分たちの暮らしにふさわしい住まいに仕上げた。 壁一面のオープンシェルフをメインに、布張りのソファやパーソナルチェアが心地よさを醸し出すリビングが住まいの中心。「スタイルにとらわれないのが信条。全身をブランドで固めるのではなく、カジュアルなアイテムやヴィンテージを加えて着こなすファッションと同様、インテリアもアレンジを楽しみながら自分らしく仕上げたい」 そう話すようにイタリアのハイブランド「ミノッティ」のソファに、大理石が美しい「フレックスフォルム」のテーブルを合わせて、ダイニングテーブルとチェアは’50年代のイタリアの会議用家具をセレクト。住みながら気に入るものを探し求め、1年がかりでコーディネートを完成させた。住まいを彩るのが敬愛するフォトグラファーの作品。本棚にも若いころから大切にしている’80年代のファッション雑誌や、影響を受けてきたシャネルの写真集を並べるなど、そこかしこにインスピレーションの源がちりばめられている。「ブランドを始めたのも、これまでの思いを形にした結果。同じ時期に住まいをリセットしたことで、より自分の好きなものにフォーカスでき、イメージがクリアになった気がします」 多忙を極める日々で、ひとり静かにデザインを考えるのは自宅リビング。朝起きてシャワーを浴びて、テラスで鳥の声を聞きながら。静かな夜にお気に入りの写真集を開きながら。好きなものだけに囲まれた空間で、新たな発想が生まれる。教えてくれたのは「マディソンブルー」デザイナー中山まりこさん’80年代よりスタイリストとして活動。NYに渡り、雑誌のコーディネーターとしても活躍したのち、’14年に「マディソンブルー」を立ち上げる。7月6日には表参道に新店舗がグランドオープン予定。7月9日
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続いておりますタイへの女子旅記、今回からは舞台をバンコクに移動です!プーケットを後にした私たちは次なる目的地、バンコクへ。ここでの宿泊先も同じバンヤンツリーグループのバンヤンツリー・バンコク。プーケットと同様可愛らしい亀さんがお出迎えしてくれます♪バンヤンツリーグループでは自然保護に力を入れていて、その数が年々減りつつあるウミガメの保護活動のために、ホテルに滞在すると自動的に募金に協力ができます。1泊2ドルの寄付のお礼がこの可愛らしい亀さん♡また、バンヤンツリーグループでは香りの癒しをとても大切にしていてホテルのお部屋も毎日、日替わりでアロマとお香の香りが変わります。この癒しの香りのサービスもバンヤンツリーに宿泊する楽しみのひとつ。今回私たちが宿泊したのはセレニティ・クラブ。全てのお部屋が50階以上の高層階に位置し、大都会バンコクの街並みが見えてとっても素敵な眺めでした!上層階から眺める壮大な朝焼け。チャプラオヤー川も見えますナチュラルテイストのとっても明るいお部屋で私たちのテンションもMAX!このセレニティ・クラブに宿泊すると19階のクラブフロアが使用でき、朝食、お昼の軽食、フタヌーンティーと朝の7時から夜の20時までの軽食、そしてドリンク&アルコールのサービスを受けることができます。(すごい!)ヘアメイクの和美さんにせっかく素敵にヘアセットしていただいたので横からのショットを写真家の泉美さんに撮影していただきました♡撮影ではないのに、なんて贅沢なんでしょ♪左上に写るのは緑の菩提樹(バンヤンツリー)のマークが入った素敵なタオル。このマークを見るたびにテンションがあがります。バスルームも白を基調とした明るく広々とした造りです。タイのホテルでは珍しくウォシュレットがついているのもセレニティ・クラブの特徴。ますます日本人好みのお部屋ですね。まさにオトナ女子旅にぴったりなセレニティ・クラブ。都会的な中にも、まるでリゾート地にいるような癒しの空間です。仕事に子育てに、頑張る女性のご褒美旅に最適なお部屋です♡Banyan Tree Bangkokバンヤンツリー・バンコク21/100 South Sathon Road, SathonBangkok 10120, Thailand予約専用ダイヤル:0120-778-187 (日本語対応)URL: www.banyantree.com料金:セレニティ・クラブ THB9,651~ (税サ込、朝食付き) バンヤンツリー・スパ・バンコクURL:http://www.banyantreespa.com/10:00am – 22:00pmTEL: +66 2 679 1052お写真はすべて今回ご一緒させて頂き素敵なオトナ女子旅を企画して下さった文筆家で写真家でもあるお友達の泉美咲月さんに提供して頂きました♡7月5日
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