
草間彌生や村上隆、奈良美智らが高く評価されたことで、日本人アーティストたちが海外の現代アートの世界で知られるようになったものの、彼らに続く存在となるとあまり思い浮かばないというのが現状ではないだろうか。加えて、アニメを取り入れたような「ジャパニーズ・ポップ」も、以前に比べて新鮮さが感じられなくなり、そういった趣向の作品が話題になることも少なくなっている。
そんな状況の中、ひとりの日本人画家が今ニューヨ ークで注目を集めている。彼は人物を描くことにこだわりつつも、日本発の「かわいい」や「オタク文化」を取り入れているわけでもなく、白黒の独創的な絵によって、米国のアーティストや批評家からも高い評価を得ている。五木田智央。現在、47歳になる東京在住のアーティストがその人物だ。

戦いの場であり創作の拠点であるアトリエにはモダンジャズが流れる
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI
絵を描くことに関してはまったくの独学だったという五木田は、若い頃から商業イラストやグラフィックデザインの仕事に携わってきた。紙に鉛筆やペンを使って、古いグラビア写真や映画雑誌、ポルノや音楽や LPジャケットなどをイメージソースにしながら、彼が慣れ親しんだ高円寺周辺のサブカルチャーを反映させたようなものを描いていた。
五木田が90年代中頃に描いていたイラストレーションにはカルト的なフォロワーたちがいて、東京とニューヨークで展覧会のキュレーションを行なっていた僕が彼に出会ったのもちょうどその頃だった。太ったラ テン風の女性、覆面プロレスラー、ポルノ、昭和の日本風景、手書きのレタリングなど、その特徴のある名前とともに脳裏に残る癖のあるスタイルであったものの、正直に言えば、それがまさかのちに現代アートの分野で評価されていくことになるとは想像できなかった。しかし、それから約10年後、当時、僕が住んでいたニューヨークにおいて、五木田のユニークな作風が日本通のアーティストたちの間で評判になり始めた。 その流れを受け、僕は2005年に友人が経営していたATMギャラリーで『Remarkable Hands』というグループ展を企画し、五木田の作品を紹介してみたのだ。

30年代のハリウッドスター たちをイメージソースとしている
“SWEET SOUL”(2016) © TOMOO GOKITA / MARY BOONE GALLERY, NEW YORK
東京から送られてきた五木田のドローイングは、あまり宣伝せずともすぐにほぼ完売した。続けて同ギャ ラリーでの個展が決まったものの、心中では「これまでのイラスト路線でいいのか、描くことにもっと情熱をもって立ち向かわないといけないのではないか」と、その後の進むべき方向性に深く悩んでいたという。そんな暗中模索の状況の中、「たまたま手もとにあった画材でさっと描いてみたら、思いのほかよくできてしまって......」と、彼はカンバスに白と黒のみのグワッシュで描いた作品の誕生を振り返る。この偶然に生まれたスタイルにより五木田は「結果的にイラストレータ ーとしての自分に決別する覚悟ができた」と言う。
その後の彼のトレードマークとなっていく、モノクロのグラデーションが特徴のシュールな絵は、どこか不気味なオーラが漂い、暗さや残酷さ、そして奇抜な発想で満ちていた。「古い雑誌などからイメージを引用しながらも、一気に即興で描いていきました」。こうして生まれた五木田の作品は大きな評判を呼び、以降、ニューヨーク、ロサンゼルス、東京と展示を続け、そしてついにはニューヨーク屈指の現代アートギャラリーのオーナーであるメアリー・ブーンの目にとまることになる。

ブーンは、80年代初頭に一世を風靡した「ニューペインティング」を代表するジュリアン・シュナーベル やデヴィッド・サーレらを世に送り出した著名なギャラリストだ。以前から五木田の熱心なファンだったアーティストのKAWSを介して紹介されると、彼女は五木田の絵をひと目で気に入り、2014年初頭にチェルシーの彼女のギャラリーで個展を開催する。五木田の知名度は一躍ニューヨークのアートシーンに広まっていき、この9月には二度目となる個展を開催した。「抽象だった顔を今回はあえてしっかりと描いてみた」と、 30~50年代のハリウッドの銀幕スターたちを題材にした12点の力作で来場者を魅了した。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いである五木田だが、「これまで自ら作品を売り込んだことも、アメリカで成功したいと思ったことも一度もなかった」と、現在の自分の状況に少し戸惑っているかのように語る。「観客ではなく、自分が驚くような絵を常に目指しているんです」。ニューヨークに行ってもレコード店は散策するが美術館やギャラリーに足を運ぶことはない。アート界の動向にもほとんど無頓着だ。巨大ビジネス化し、売り込み戦略が重要視される現代のアート界ではかなり稀有な存在だが、「絵の中に必ず美しい部分やユーモアがあるということが重要なんです」と語る、この魅力あふれるアーティストが今後どのような道を歩んでいくのか、目が離せない。

PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI
五木田 智央(ごきた ともお)
1969年東京都生まれ。2000年に作品集『ランジェリ ー・レスリング』出版。五木田の初期作品は、おもに紙に描かれたドローイングであり、イラストレーションとして雑誌媒体を中心に数多く発表されていた。10年ほど前からカンバスにグワッシュを用いたモノクロの絵を描き始め、その作品が海外で注目を集める。2014年にDIC川村記念美術館で初個展を開催

アトリエには五木田のインスピレーションのもとになるものが
あちらこちらに置かれている
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI