【牡牛座(4/20~5/20生まれ)】9月15日~30日の運勢

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15日に火星、23日に太陽が天秤座に入り、同星座に水星、火星、太陽が集合。ここから10月にかけて物事が一気に動くでしょう。風の時代仕様に歪みが正されていきます。21日の魚座の満月は年末から始まる魚座木星期に向かうゲート。心地よい音楽を聴きながら月を眺め、降り注ぐ宇宙のパワーを浴びて。水星が後ろを向く27日以降は、見直し&点検のターム。

困ったときは周囲を見渡して天使を探せ!

[ 全体運 ]

牡牛座さん、9月後半はすべての出来事をポジティブに解釈するようにしましょう。
15日に星座を移動する火星の影響で、日常生活はてんてこまいかもしれませんが、困ったときには必ず救いの手が差し伸べられる暗示。ジャグラーのように一人で複数のクラブを投げ続けることも可能ですが、すべてを抱え込む必要はありませんよ。ヤバい……無理……と思ったら、周囲を見渡して親切な天使を探しましょう。
また、今期は新たな出会いに恵まれやすいときですが、人を値踏みするクセがある人は注意して。自分が優位に立っているつもりでも、相手の方が数段上手かもしれません。

 

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[ ポイントデー ]

★9月21日★

一瞬で心を持っていかれる出会いがあるかも。電流が走る感覚を味わいそう。

 

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  • 12星座全体の運勢「主観の結晶化」 昼と夜の長さが等しくなる「秋分」を2日後にひかえた9月21日には、うお座28度(数えで29度)で満月が形成されていきます。そんな今回の満月のテーマは、「画竜点睛」。すなわち、物事を完成させるための最後の仕上げの意。前回の記事の中では、9月7日のおとめ座新月から21日のうお座満月までの期間は「かつて否定した自分自身(の実感や衝動)との和解」ということがテーマになると書きましたが、それは以前なら単なる主観でしかないとして切り捨てていた個人的な思いや直感が改めて検証され、そこには顧みるべき何らかの意味や価値があるのではないかといった“読み解き”が促されていきやすいという意味でした。つまり、先の「仕上げ」とは、権威や影響力があるとは言えど誰か他の人の意見や考えや根拠をうのみにするのではなく、あくまでみずからの主観的な確信を熟慮のうえで結晶化していくことに他ならないのだということです。例えば、藤原定家の「見渡せば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」という有名な歌があります。浜辺であたりを見まわしてみても何もないという意味で、表向きには何にもない景観です。そもそも、花は春、紅葉は秋ですから、同時に観れる訳がない。ただ、「ない」とあえて否定することで、うっすらとその痕跡が重層的にイメージされ、その上に実際の「秋の夕暮れ」が見えてくると、もはやそれはただのさびしい風景ではなく、心的空間における仮想現実体験のような積極的なニュアンスをもつまでに至るのです。無駄を省いて、一つだけ残ったものとしての秋の夕暮れ。何でもないような一日をあらんかぎりの高度な手法をもって大切に締めくくるという意味で、実に今回のテーマに即した作品と言えるのではないでしょうか。同様に、今期は他の人が何と言おうとも、自分にとってこれだけは大切な体験・体感なのだということを、手を尽くして結晶化してみるといいでしょう。>>星座別の運勢を見る蠍座(さそり座)今期のさそり座のキーワードは、「愛の能力」。 9月21日のうお座満月のテーマである「主観の結晶化」とは、端的に言えば「ビジョンを持つ」ということでもありますが、近代科学がこれほど発達し、無数の専門分野へと細かく分化した今のような時代では、かえってまとまりを持ったビジョンを得ることは難しくなってしまいました。  しかし、そうした中でも、たとえば北京原人の発見と研究でも知られる古生物学者であり、またカトリックの神父でもあったピエール・テイヤール・ド・シャルダンのような人物は、1930年代後半に『現象としての人間』のなかで、宇宙と人類の進化について大胆な仮説を打ち出してみせたのです。  そのビジョンの要点は、生物の進化の延長線上に宇宙的な規模での意識の進化を想定したものなのですが、そこでテイヤールは、大胆にも伝統的な創造論の立場を破棄し、キリスト教の神を古生物学的な進化論に捉えなおすことで、愛に対してもエネルギーの進化の観点から新しい光を当てました。  彼によれば、愛とは人間だけに固有の現象ではありません。それは生物全体の一般的特性であるだけでなく、すでに物質分子の結合のうちにも見られるものなのだと。彼はそう言い切った上で、「世界をつくるために、愛の力に駆られてその全断片は互いに相求める。これはいかなる隠喩でも詩的表現でもない」と述べるのです。  さらに続けて、「あらゆる色合いを持つ愛は、宇宙による自己の内部への精神的な収斂が各構成分子の核心に遺す多かれ少なかれ直接的な痕跡に他ならない」とも書き、生物学的にはさまざまな一と多における和解はこの世界における必然であり、その際に「われわれの愛の能力が人類と地球の総体を包み込むまで拡がると考えるだけで十分ではないか」とさえ述べてみせました。  カトリック教会はこうしたテイヤールのビジョンを危険なものと見做し、その著作は禁書とされてしまいました。もちろん、今日の学的実証においても、論理的にも、テイヤールの主張には多くの誤謬が見られますが、しかし哲学的ヴィジョンとしては多くの人に影響を与え、やはり顧みるべき価値は非常に大きかったと言えます。  今期のさそり座もまた、テイヤールほど大胆にとまでは行かなくても、間違いや批判を恐れずに、自分なりの体験や探求からひとつのビジョンを導きだしていきたいところです。 参考:ピエール・テイヤール・ド・シャルダン、美田稔訳『現象としての人間』(みすず書房)12星座占い<9/19~10/2>まとめはこちら<プロフィール>應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。文/SUGAR イラスト/チヤキ
  • 12星座全体の運勢「主観の結晶化」 昼と夜の長さが等しくなる「秋分」を2日後にひかえた9月21日には、うお座28度(数えで29度)で満月が形成されていきます。そんな今回の満月のテーマは、「画竜点睛」。すなわち、物事を完成させるための最後の仕上げの意。前回の記事の中では、9月7日のおとめ座新月から21日のうお座満月までの期間は「かつて否定した自分自身(の実感や衝動)との和解」ということがテーマになると書きましたが、それは以前なら単なる主観でしかないとして切り捨てていた個人的な思いや直感が改めて検証され、そこには顧みるべき何らかの意味や価値があるのではないかといった“読み解き”が促されていきやすいという意味でした。つまり、先の「仕上げ」とは、権威や影響力があるとは言えど誰か他の人の意見や考えや根拠をうのみにするのではなく、あくまでみずからの主観的な確信を熟慮のうえで結晶化していくことに他ならないのだということです。例えば、藤原定家の「見渡せば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」という有名な歌があります。浜辺であたりを見まわしてみても何もないという意味で、表向きには何にもない景観です。そもそも、花は春、紅葉は秋ですから、同時に観れる訳がない。ただ、「ない」とあえて否定することで、うっすらとその痕跡が重層的にイメージされ、その上に実際の「秋の夕暮れ」が見えてくると、もはやそれはただのさびしい風景ではなく、心的空間における仮想現実体験のような積極的なニュアンスをもつまでに至るのです。無駄を省いて、一つだけ残ったものとしての秋の夕暮れ。何でもないような一日をあらんかぎりの高度な手法をもって大切に締めくくるという意味で、実に今回のテーマに即した作品と言えるのではないでしょうか。同様に、今期は他の人が何と言おうとも、自分にとってこれだけは大切な体験・体感なのだということを、手を尽くして結晶化してみるといいでしょう。>>星座別の運勢を見る天秤座(てんびん座)今期のてんびん座のキーワードは、「ハチャメチャでありたい」。 坂口恭平がどこかで「SNSで他人の書き込みや反応でいちいち一喜一憂している人はみんな躁うつ病」と書いていたのを見て以来、いまの日本社会は“一億総うつ病社会”と言っていいのではないかという思いがずっとぼんやりあるのですが、もう一つ感じているのが、それにしたってなんというか律儀な躁うつ病の人が多過ぎないか、ということ。  そこで思い出されるのが、作家の北杜夫が壮年期に突如として躁うつ病にかかった体験について、娘さんの斎藤由香と、北の最晩年に対談した『パパは楽しい躁うつ病』だ。娘のツッコミに対する父の反応が、どこまでがボケで、どこからが本気なのかよく分からなくてとにかく絶妙なのだ。  「由香 私が小さいときからパパはずっと躁うつ病が続いたんだけど、歳をとったらうつ病ばかりで、「もう躁病は来ないのかな」と思ってたら、一九九九年に突然、大躁病になったのよね。 北 ……。 由香 二人で競馬を見ていたら、サイレンススズカが安楽死させられて、パパが「パパももう原稿も書けないし、生きていてもしょうがないから安楽死させてくれ」と言ったので、私が「サイレンススズカは名馬だけれど、パパは駄馬だからダメ!」って言ったら、元気になった。 北 ……。 由香 それまでずっとうつ病でつまらないなと思ってたから嬉しかったけれど。パパは自分でナマ原稿を売って株や競馬をやってました。 北 いや、くだらないやつだけ。 由香 いくらになったの? 北 うん? 由香 うん? じゃなくて。 北 うん。 由香 担当の編集の人から四〇万って聞きました。 北 いや、あの、あのときの書庫の改造で、書庫の本をほとんど売らなきゃいけなかった。 (中略) 由香 ママが「競馬のためにナマ原稿売るなんて、なさけない」と言ってました。」  いま躁うつ病は「双極性障害」という名前に変更されているが、本書を読んでいるともはやキタ・モリオ病とでも名付けた方がいいのではないか、というくらいハチャメチャな話が多くて笑える。実際、病気がひどくなった頃は、自宅が抵当に入り、借金も1億をこえたそうだが、それにも関わらず、家の中は笑いが渦巻いていたようだ。もしかしたら、病気自体が北の壮大なフィクションだったのかも知れない。今期のてんびん座も、これくらい堂々とハチャメチャでありたいところだ。 参考:北杜夫・斎藤由香『パパは楽しい躁うつ病』(新潮文庫)12星座占い<9/19~10/2>まとめはこちら<プロフィール>應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。文/SUGAR イラスト/チヤキ
  • 12星座全体の運勢「主観の結晶化」 昼と夜の長さが等しくなる「秋分」を2日後にひかえた9月21日には、うお座28度(数えで29度)で満月が形成されていきます。そんな今回の満月のテーマは、「画竜点睛」。すなわち、物事を完成させるための最後の仕上げの意。前回の記事の中では、9月7日のおとめ座新月から21日のうお座満月までの期間は「かつて否定した自分自身(の実感や衝動)との和解」ということがテーマになると書きましたが、それは以前なら単なる主観でしかないとして切り捨てていた個人的な思いや直感が改めて検証され、そこには顧みるべき何らかの意味や価値があるのではないかといった“読み解き”が促されていきやすいという意味でした。つまり、先の「仕上げ」とは、権威や影響力があるとは言えど誰か他の人の意見や考えや根拠をうのみにするのではなく、あくまでみずからの主観的な確信を熟慮のうえで結晶化していくことに他ならないのだということです。例えば、藤原定家の「見渡せば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」という有名な歌があります。浜辺であたりを見まわしてみても何もないという意味で、表向きには何にもない景観です。そもそも、花は春、紅葉は秋ですから、同時に観れる訳がない。ただ、「ない」とあえて否定することで、うっすらとその痕跡が重層的にイメージされ、その上に実際の「秋の夕暮れ」が見えてくると、もはやそれはただのさびしい風景ではなく、心的空間における仮想現実体験のような積極的なニュアンスをもつまでに至るのです。無駄を省いて、一つだけ残ったものとしての秋の夕暮れ。何でもないような一日をあらんかぎりの高度な手法をもって大切に締めくくるという意味で、実に今回のテーマに即した作品と言えるのではないでしょうか。同様に、今期は他の人が何と言おうとも、自分にとってこれだけは大切な体験・体感なのだということを、手を尽くして結晶化してみるといいでしょう。>>星座別の運勢を見る乙女座(おとめ座)今期のおとめ座のキーワードは、「神様の声の生成」。 全体運で「主観の結晶化」ということが今期の全星座に通底するテーマなのだと書きましたが、しかし考えてみれば主観と客観という区分けほど曖昧なものはないようにも思います。  例えば、私たち日本人は「神」ということをどこかで客観的実在として捉えているようなところがありますが、アメリカの心理学者ジュリアン・ジェインズは1976年に刊行した『神々の沈黙』という本の中で、「3000年前の人類はまだ意識をもっていなかった」し「古代人にとって神とは集合的な経験知の蓄積の発動だった」という仮説を発表し、大きな反響を呼びました。  例えば、紀元前8世紀末のホメロスの『イーリアス』の登場人物は意識を持っておらず、彼らは内から聞こえる神々の言葉に従って行動する、いわば自動人形のような存在であり、彼らにとって感情や欲求や決断は、すべて「神々の声」を実現した結果だったのだ、と。  ジェインズは「二分心(bicameral mind)」という言葉を使って、右脳にアーカイブされた集合知が、左脳からの問いかけに応じて返答していたのだと説明するのですが、やがて人類のなかに意識が生まれ、そうした「神々の声」の内容が体系化され、外部化されてくると、次第に聞こえなくなっていったのだと。  この点について、ヨーガ指導者の成瀬雅春は、対談の中でこの仮説を取り上げつつ、一神教というのは「「聴こえない声」のための空席を脳内に確保するための仕掛け」だが、多神教では「神様との交流の回路がまだ残っている」のではないか、という思想家の内田樹の発言を受けた上で、次のように答えています。  「「神の声が聴こえた」というのは、自分の中にあるデータから引っ張り出したということ」だとして、ヨーガで瞑想するのも、「要するにデータベースを探っていく」ということであり、「一番必要なことは何でも自分の中にある」のだと。  その意味で今期のおとめ座もまた、自身だけでなく同じ日本語や身体性を使ってきた集合的な経験の蓄積にアクセスしていくことで、自分なりの「神様の声」を生成していくという視点を大切にしていきたいところです。 参考:内田樹・成瀬雅春『善く死ぬための身体論』(集英社新書)12星座占い<9/19~10/2>まとめはこちら<プロフィール>應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。文/SUGAR イラスト/チヤキ
  • 凡庸な毎朝に退屈したら、いつものスタイルにちょっとエクストリームなアクセサリーを思いきって足してみる。その瞬間、なんでもない一日が、特別に変わるはず!つけ袖¥35,200/アンダーカバー ブラウス¥111,100/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ) リング¥223,300/エスケーパーズ オンライン(ボロロ)フェザーのつけ袖でパッと華やぐ つけ「襟」の次は、「袖」! 軽やかなフェザーが手首まわりをひらひらと装飾する。「ちょっとケーキが食べにくくなるかしら?」くらいがおしゃれの醍醐味。ポルカドットのボウタイブラウスのクラシカルなムードと呼応させたい。(右上)メガネとチェーンで遊ぶ ビッグフレームのメガネからあえて繊細なチェーンを垂らしてジュエリーのように。メガネ¥51,700/ケリング アイウエア ジャパン カスタマーサービス(グッチ) アイウェアチェーン〈K18YG〉¥121,000/シハラ ラボ(シハラ) カーディガン¥46,200/A.P.C. ブラウス¥156,090/メゾン・ディセット(プルーン ゴールドシュミット) ショーツ¥63,800/イーストランド(オフ-ホワイト ℅ ヴァージル アブロー™) ベルト¥50,600/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ) リング¥38,500/エスケーパーズ オンライン(エルナン エルデス) (右下)ネックレスで消毒する アトマイザーに消毒液を入れられる仕様。ネックレス¥16,500/レイ ビームス 新宿(アデル ビジュー×レイ ビームス) ドレス¥408,980/メゾン・ディセット(プルーン ゴールド シュミット) チョーカー¥20,300/MarlandBackus リング¥152,900・イヤーカフ(上)¥25,300・(下)¥22,000/トムウッド プロジェクト(トムウッド) (左上)ボディチェーンで盛り上げる レザーのセットアップにフェミニンな要素を加えるパールオーナメントのボディチェーン。ポロニットの水色をきかせる。ボディチェーン¥19,250/リトマス(メゾンルルピノー) ジャケット¥109,010・パンツ¥66,660/ヒラオインク(ナヌーシュカ) ニット¥55,000/スティーブン アラン トーキョー(アーチ ザ) ピアス¥34,980/エドストローム オフィス(ルメール) (左下)アンティークリングを重ねづける リングはとにかくすべての指に!くらいの勢いでオン。ポップなロゴニットに指輪がクラシカルなスパイスを加える。リング(人さし指・上)ゴールドにダイヤが埋め込まれたタイプ。¥242,000(同・下)円形のパールリング。¥440,000(中指・上)ピンクのフラワーモチーフ。¥143,000(同・中)花形のパールリング。中央はダイヤモンド。¥330,000(同・下)サファイアとパールのミックス。¥198,000(薬指)ゴールドのシグネットリング。¥363,000(小指)スクエア形のパールリング。¥308,000/ドーバー ストリート マーケット ギンザ(メルティングポット) ニット¥115,500/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ) スカート¥15,400/シティショップ ネックレス¥12,650/リトマス(メゾンルルピノー)(右上)両襟にブローチをオン ブローチは襟に、対称に飾るのが気分。ベルベットのカチューシャを合わせて、ゴシックな雰囲気で仕上げよう。ブローチ 各¥24,200/フィルグ ショールーム(パール オクトパシー) ドレス¥51,900(輸入関税込み・参考価格)/ファーフェッチ カスタマーサービス(ソレイス ロンドン) シャツドレス¥110,550/ビオトープ(ケイト) カチューシャ¥13,200/シジェーム ギンザ(マルツォリーネ ミラノ) リング¥115,500/エスケーパーズ オンライン(ボロロ) (右下)グローブはシュシュと合わせる すっかりおなじみのロンググローブに新しい提案。大きめのシュシュを根元にはめて、シネマティックに。グローブ¥21,450/フィルグ ショールーム(シモーネ ワイルド) シュシュ 各¥8,800/リトマス(メゾンルルピノー) ドレス¥60,500・ソックス¥5,830/コム デ ギャルソン(トリコ・コム デ ギャaルソン) 靴¥128,700/GGR JAPAN (ジャンヴィト ロッシ) 2連に重ねたピアス¥47,300/イザベル マラン (左上)装飾イヤーカフを絡ませる 定番のイヤーカフは、葉が耳に絡みつくようなデザインを選べば、横顔に差がつく。イヤーカフ〈シルバー/K18ヴェルメイユ〉¥168,300/エスケーパーズ オンライン(ソフィー ブハイ) ラベンダー色ドレス¥35,900(輸入関税込み・参考価格)/ファーフェッチ カスタマーサービス (ジマーマン) トップス¥47,300/トリー バーチ ジャパン(トリー バーチ) リボン¥9,900/エンメ(フラッパー) リング¥206,800/トムウッド プロジェクト(トムウッド) (左下)ヘッドピースで厳かな気持ちに 昨年からじわじわトレンドの、パールオーナメントを用いたヘッドピース。ふわふわに巻いた髪とのコントラストを楽しみたい。ドレスではなく、あえてスーツを合わせてひねりをきかせてみて。ヘッドピース¥71,500/リトマス(メゾンルルピノー) ジャケット¥59,400/ヴィヴィアン・ウエストウッド インフォメーション(ヴィヴィアン・ウエストウッド レッドレーベル) ブラウス¥82,500・スカーフ¥30,800/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ)ブラトップ¥66,000/パッチワークス(タナカダイスケ) ジャケット¥127,600・パンツ¥78,100/THE WALL SHOWROOM(エアロン) シャツ¥86,900/イザ(ヌメロ ヴェントゥーノ) バッグ¥751,300(参考価格)/デルヴォー・ジャパン(デルヴォー) サングラス¥82,500/ケリング アイウエア ジャパン カスタマーサービス(カルティエ)貝殻ブラで出勤する 貝殻モチーフにレースの刺しゅうをあしらい、どこか懐かしさも湛えたブラトップ。ピンク色のスーツに加えて、通勤スタイルを一新する。 SOURCE:SPUR 2021年10月号「アクセサリーのNext Levelを追う」photography: Masaya Tanaka 〈TRON〉 styling: Natsumi Ogasawara hair: Keiko Tada 〈mod’s hair〉 make-up: KIE KIYOHARA 〈beauty direction〉 model: Alaska
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