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自分へのご褒美。【JO MALONE】

non-no Web
みなさんこんにちわ〜


突然なんですけど、わたし香水を集めるのが好きなのでかなりの種類を持っているんです✨

私自身、かなりの匂いフェチといいますか匂いオタクなんです。
だから香水は私にとってのパワーアイテムです💗
仕事用香水、学校用香水などと場面で使い分けしたりプライベートのときは気分でつけるものを変えたりもしてます!!

とここで最近自分のご褒美として買った【JO MALONE】を紹介しまーす!
表参道店で購入したんですが大人な雰囲気だったので終始「私、お店で浮いてないかな💦」とアタフタしてました 笑

ですがとっても優しくて親身な店員さんのおかげでたくさんの種類の中から2種類を選びました!

1/2

2/2

印字してくれるとのことだったので名前を入れてもらい私専用のコロンになりました❤︎
○PEONY&BLUSH SUEDE
○ENGLISH PEAR&FREESIA
○PEONY&BLUSH SUEDE ○ENGLISH PEAR&FREESIA

○PEONY&BLUSH SUEDE(ピオニー&ブラッシュスエード)

試した瞬間ビビッとした香りでした〜
最近は甘めの香りが好みだからドストライク!!
フローラル系
トップノート:赤りんご
ハートノート:ピオニー
ベースノート:スエード



○ENGLISH PEAR&FREESIA(イングリッシュ ペアー&フリージア)

この香りはJO MALONEでno.1なんです!
no.1なだけあって親しみやすい香りでチョイスしました!
フルーティ系
トップノート:キングウィリアム ペアー
ハートノート:フリージア
ベースノート:パチョリ




コロンの他にボディケアやディヒューザーもあって揃えたくなっちゃいました🥺

でも。お値段お高めなので断念。くやしーーい...


是非みなさんも匂いに敏感になって好きになってください!生活がひとまわりもふた回りも楽しくなります(笑)
また私の香水コレクションは紹介したいと思います✋🏻

次回のブログもお楽しみに〜❤︎
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  • 仕事の日のランチは、専らお弁当を持参してお弁当節約生活を送っています。でも毎朝早く起きて、お弁当を作るのは大変・・・だから私は、休日に1週間分のお弁当のおかずをまとめて作り置きしています!作り置きおかずがあれば、慌しい朝のお弁当作りも超楽チン♪♪そこで今週も私がよく作る時短&簡単作り置きおかずをご紹介します★今週のメイン食材は「油揚げ」今週は「油揚げ」をメインに、アレンジして4品つくりました 〜!!油揚げ10枚使い切りレシピです★かりかり油揚げと水菜のサラダ◆材料*油揚げ:2枚*水菜:1袋*塩昆布:適量*ごま油:小さじ2*麺つゆ:大さじ2◆作り方1. 油揚げを短冊切りする。2. 水菜を3cmほどの長さに切る。3. フライパンにごま油をひき、(1)を入れカリカリになるまで炒める。4. ボウルに(2)、(3)、塩昆布、麺つゆを入れ、よく混ぜ合わせて完成!油揚げとトマトの中華卵炒め◆材料*油揚げ:2枚*卵:3個*カットトマト缶:1缶*刻みネギ:大さじ1*ごま油:小さじ1*鶏がらスープの素:小さじ2*片栗粉:適量*サラダ油:大さじ1◆作り方1. 油揚げを2cm角の大きさに切る。2. フライパンにサラダ油をひき、溶いた卵を入れ、半熟の状態になるまで炒めて一旦取り出す。3. フライパンに油揚げ、カットトマト缶、鶏がらスープの素を入れ、炒める。4. (2)、刻みネギを加え、さらに炒める。5. ごま油を加え、水溶き片栗粉でとろみをつけて完成!高菜と油揚げの和風パスタ◆材料*油揚げ:2枚*高菜:大さじ3*ベーコン:5枚*サラスパ:150g*麺つゆ:大さじ3*黒胡椒:少々*ごま油:小さじ1◆作り方1. サラスパを茹でる。2. 油揚げ、ベーコンを短冊切りする。3. フライパンにごま油をひき、ベーコンを炒める。4. 油揚げを入れ、さらに炒める。5. サラスパ、高菜、麺つゆを加え、よく混ぜ合わせる。6. 黒胡椒をふって完成!油揚げの卵巾着煮◆材料*油揚げ:4枚*卵:8個*和風だしの素:小さじ2*醤油:大さじ2*料理酒:大さじ1*みりん:大さじ1*砂糖:小さじ2*水:200cc◆作り方1. 油揚げを半分に切る。2. 熱湯をかけ、油切りする。3. 油揚げを開いて、卵を入れて、楊枝で止める。4. 鍋に水、和風だしの素、醤油、料理酒、みりん、砂糖、(3)を入れ、味が染み込むまでよく煮て完成!どれも超簡単★時短レシピ!簡単な作り置きおかずで、無理なくお弁当生活を続けましょう 〜♡♡*Ayane* Instagram料理専用Instagramはこちら★モアハピ部 No.576 *Ayane* のブログ
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明治期に「Nature」の訳語として「自然」という名詞が作られ普及していくまで、日本人の頭の中には自然一般というようなものは存在せず、存在するのはつねに山や川、花や樹や動物など、一つひとつの生命のことを指していました。  熱力学的観点から見れば、宇宙全体は時間の経過とともに無秩序化してゆく訳ですが、その中でそうした一つひとつの生命は、それぞれの仕方で秩序をつくることで自身を取り巻く世界の「平衡」を保っている。生物学者の福岡伸一が名付けた「動的平衡」とは、そのような生命把握と言えます。  すなわち「生命」、つまり生きているということは、つまるところ、動き続けているということであり、それは流れる「川」のように、絶えず新陳代謝し、作り変えることでひとつの生命として成り立っているのだと。その上で、例えば福岡は『新版 動的平衡』のプロローグにて、次のように述べています。  「それは、端的に言えば、バイオつまり生命現象が、本来的にテクノロジーの対象となり難いものだからである。工学的な操作、産業上の規格、効率よい再現性、そのようなものになじまないものとして、生命があるからだ。では、いったい生命現象とは何なのか、それを私はいつも考える」  つまり、動的な生命とは、その本質上、人間関係であれ社会的な序列であれ国としての決まり事であれ、自らをアンダー・コントロールに置こうとするすべての試みに抵抗し続けるべく運命づけられているということであり、人間ひとりひとりもまたいつだってそうした動的平衡の一部なのです。  特に、12星座のはじめを飾り、発達モデルでいえば幼児の純粋さと不安定さを最も色濃く備えているおひつじ座の人たちには、そうした傾向は顕著なのではないでしょうか。  今期のあなたもまた、いま自分が抗うべき「静的状態」や、はみ出るべき支配構造は何なのかということを改めて明確にしてみるといいかも知れません。  参考:福岡伸一『新版 動的平衡―生命はなぜそこに宿るのか』(小学館新書) 《牡牛座(おうし座)》(4/20〜5/20)今期のおうし座のキーワードは、「両性具有的」。 ヴァージニア・ウルフが小説『オーランドー』で表現しようとした両性具有的な人間は、もともと一つだった身体が二分されて男女が互いを求めるようになったというプラトン的発想のものではなく、オーランドーというひとりの登場人物に「男」の前半生を生きさせた後で、身体を「女」に変身させ、戸惑い混乱する時期を経て内面が少しずつ両性具有的になっていくというプロセスを描いています。いわば、作者のウルフのなかにオーランドーの内面が入れ子式に展開されていく訳です。  女性になってからのオーランドーは、徐々にそれまで入れ込んでいた中性的女性サーシャへの独占欲が薄れ、代わりに紳士階級の冒険家シェルマディーンと接近していきます。それは性的な結びつきというより、友愛的な絆に近いものなのですが、その実際の描写を引用してみましょう。  彼が「枝と枯葉と蝸牛の殻ひとつかふたつで地面にホーン岬の模型を作」り、オーランドーに「これが南。風がここら辺から吹いてくる」という具合に、その冒険譚を聞かせると、オーランドーがあまりに深く理解するので、シェルマディーンは思わず「君はほんとうに男じゃないの?」と訊き、すると今度はオーランドーが「あなたが女でないなんて信じられない」と答えるのです。  作者のウルフはそんな二人について、「お互いの気持ちがあまり速やかに一致するのは驚きだったし、それに女が男と同じほど寛容で率直になんでも言い、男が女のように神秘的で細やかだなんて、ふたりにとって新発見だったから、直ちに立証する必要があったのだ」と書き記していますが、おそらくある程度はバイセクシャルであったウルフ自身の実体験がベースにあったのではないでしょうか。  今期のおうし座のあなたもまた、男女の境界の上で揺れ動くオーランドーのごとく、人間関係における固定観念やそれにひもづく息苦しさから少しでも解き放っていくことがテーマとなっていくかもしれません。 参考:ヴァージニア・ウルフ、杉山洋子訳『オーランドー』(ちくま文庫) 《双子座(ふたご座)》(5/21〜6/21)今期のふたご座のキーワードは、「汝の存在を欲する」。 社会の絆の存在論的根拠を問うたハンナ・アーレントの『アウグスティヌスの愛の概念』には、「amo: Volo ut sis.(アモー・ウォロ・ウト・シス) 」という重要な一文が取り上げられています。  直訳すれば「わたしは愛する。わたしはあなたが存在することを欲する」。相手に何かしてほしいという訳ではなく、こちらから何か特別な働きかけがある訳でもない。そんなこの言葉が、実際どこまでの重さをもって書かれたセリフなのかは、正直わかりません。  けれど、アウグスティヌスがこの言葉を記し、それにアーレントが反応したとき、そこには何らかの思いの奔流が確かに存在したのだろうということだけは、事後的にそれを後追いしている私たちにも感じ取れるはずです。  そしてそれは、この言葉がそれ自体では何も語っていないこと、何の含みもなく、したがって目的合理性に絡みとられることがないがゆえに、ただ現にいま交わりが存在し、それがこれからも存在していくことへの純粋な祈りになりえている点において豊かなのだという、ある種の直感に裏づけられているのではないでしょうか。  今期のふたご座もまた、そんな「おはようございます」とか、「こんにちは」といった、それ自体では何も語っていないがゆえに豊かであるような無心の祈りの先に、交わりを育んでいきたいところです。 参考:ハンナ・アーレント、千葉眞訳『アウグスティヌスの愛の概念』(みすず書房) 《蟹座(かに座)》(6/22〜7/22)今期のかに座のキーワードは、「市に隠れる」。 中国には、ほんとうの隠者は都市のなかに隠れるという成句がありますが、フランスの哲学者デカルトもまた『方法序説』のなかで群衆のなかこそ隠れ家ということを言っています。 デカルトは人生の長い期間を遍歴と放浪にあてているのですが、彼が生きた頃のアムステルダムなどの近代的な都市というのは、無名性を許容する懐の深さのようなところがあって、もとの群れから飛び出してきた人間が潜り込める余地があったのだと思います。 精神科医の中井久夫は、都市にはそれぞれの定数があると述べていました。例えば東京のラッシュアワーのごった返したような人の流れに比べると、同じ時間帯の神戸であれば、みな次の電車を待ったりして、人と人との間隔が広くなる。そして、この定数によって行動形態が変化していく、つまり群れのなかで自分が変身していくのだ、と。  「こういう定数の違いは国単位なのか、都市単位なのか。都市単位でしょうね。人間がつくった都市というのは、エルサレムでも何でもそうですけれども、千年単位でもちます。しかし、国というのはそんなにもちませんね。日本も、応仁の乱あたりでいっぺん切れたと考えてもいいぐらいだと、司馬遼太郎さんは言っておられるけれども、都市というのはしぶとい。」  群れというものを一つの風景や背景ととらえれば、ふだん特別意識していなくても、そうした自分が溶け込んでいる風景や背景が織りなすパターンやリズムなどは、こうした歴史的に醸成されてきた都市の定数によってある程度決まってくるものなのかも知れません。  もちろん、東京ひとつとっても、山手線も一駅ごとに街の雰囲気は変わっていきますから、定数といってももっと細やかな単位で考えなければいけませんが、コロナ禍でステイホームやリモートワークがすすんだ結果、自分が住んでいる街の定数というものに意識的になった人も多いのではないでしょうか。 今期のかに座は、やたらと「勝つために戦い」「悪目立ちする」より、「やりすごし」「生き延びる」ことの方が抵抗的かつ実効的であるということを踏まえた上で、あらためて自分の身体にとって馴染みやすい都市の定数がどんなものなのか考えてみるといいでしょう。 参考:中井久夫『精神科医がものを書くとき』(ちくま学芸文庫) 《獅子座(しし座)》(7/23〜8/22)今期のしし座のキーワードは、「第三の場」。 効率化や合理化が進んだところに社会に余裕がなくなって、一気に人間の価値が生産性によって判断される度合いが高まれば、自然と余暇は消費へと歪曲され、ひとりひとり異なる背景をもっているはずの個人も単なる顧客としか扱われなくなる。  そうした一連の流れはなにも昨今の社会に限った話ではなく、第二次大戦後のアメリカ社会などでも問題視されましたが、そこで注目されたのは人との緩やかな繋がりを感じられる、家庭でも職場でもない第三の場=居心地のよい交流場でした。  アメリカ出身の日本文化研究者であるマイク・モラスキーの『呑めば、都:居酒屋の東京』は、赤羽や西荻窪などでの自身の呑み歩き体験をもとに、都会生活における居酒屋の日本独特の役割について言及されており、特に「居酒屋は、味より人」であり、「ひとりで立ち寄っても、誰かと共にいる感じがして、楽しく呑めるのがよい店だ」という主張が何度も繰り返し登場します。  美味い酒とつまみなら通販や自炊でいくらでも代用できますが、強制された訳でもなく自然と集まった常連たちが、互いにノリや発言を読みあうことで醸成されるその店独自ZA(←トルでよろしいでしょか?)の<空気>は、居酒屋でしか経験できないものでしょう。  特に、本書で取り上げられたような小さな店では「皆で飲む」という意識が共有されやすく、そうした場はいつしか自らのアイデンティティの延長上にある居場所と見なされていくのです。  まだまだ続くだろうコロナ禍で外出禁止や外食回避の風潮がますます強まっていくなか、私たちはそうした「生産性」や「個人としての価値」といった息苦しい文脈から自由で居られる場をいかに見出していけるのでしょうか。  今期のしし座もまた、あらためて本書の「楽しく呑める」の相当するような、みずからが気持ちよく透明になれる場や時間について問い直していくことがテーマとなっていきそうです。 参考:マイク・モラスキー『呑めば、都:居酒屋の東京』(ちくま文庫) 《乙女座(おとめ座)》(8/23〜9/22)今期のおとめ座のキーワードは、「卵から産まれた子」。 親が聞き分けのない子供をたしなめるつもり目的で使う「あんたは橋の下で拾ってきた(だからいつ橋の下にまた戻しに行っても構わない)」というフレーズを耳にしたことがある人はそれほど少なくないと思いますが、実際に血のつながらない親子の関係を描いた瀬尾まいこの短編小説『卵の緒』にはそれとは少し違った言い方が出てきます。  小学生の育夫は周囲の様子から自分が捨て子であることにうすうす勘づいている。ある時、学校の先生からへその緒の話を聞いて、自分と母親が本当の親子であるなら、へその緒が家にあるはずだと考え、「へその緒を見せて」と母親に頼む。けれど、そんな育夫に母親は卵の殻を見せ、けろりとした顔でこう言うのだ。  「母さん、育夫は卵で産んだの」  育夫はそうしてまた煙に巻かれてしまうのですが、それでもありふれた日常のなかで優しく軽やかな愛情がそこにあることが確かに描かれていく(ついでに言えばこの母親はシングルマザーだ)。  そんなこの小説は、読む者に目に見えない暖かな繋がりを感じさせてくれるのですが、だからこそ、逆に血は繋がっていても目に見えない暴力や支配をさまざまなやり方で組み入れてしまう現実のさまざまな親子関係の残酷さをも照らし出しているように思います。  それもこれも、「血がつながっている」という事実への過度な期待や誤解によっているのだとしたら、いっそ「橋の下で拾ってきた子」というフレーズの代わりに、「卵から産まれた子」というフレーズがまことしやかに広まった方がよっぽど楽になれる子どもも多いのではないでしょうか。  今期のおとめ座もまた、生まれ育った環境や両親に対する思いのなかに、もし未だ抱えているしこりがあるのなら、いっそ自身の出自をめぐるイメージを大胆に書き換えてみるといいかも知れません。 参考:瀬尾まいこ『卵の緒』(新潮文庫) 《天秤座(てんびん座)》(9/23〜10/23)今期のてんびん座のキーワードは、「たぶらかし」。 詩人と言えば、はかなげで不健康で悩まし気な男の書くものという一般的なイメージが今でも根強く残っているように思いますが、そうしたイメージの対極にある詩人のひとりに茨木のり子が挙げられるでしょう。  例えば、彼女の初期の代表作『わたしが一番きれいだったとき』の途中から終わり部分を一部抜粋してみます。  「わたしが一番きれいだったとき/わたしの国は戦争で負けただ そんな馬鹿なことってあるものか/ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた (中略) わたしが一番きれいだったとき/わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん/わたしはめっぽうさびしかった  だから決めた/できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた/フランスのルオー爺さんのように ね」  彼女は1926年生まれで、敗戦時は19歳。女性として、ひとりの人間として、もっとも光り輝く年頃を迎えていた訳ですが、かたわらでは男どもはしょぼくれて、反省ばかりしていた。そんな町を、「腕まくり」して歩いていた彼女の心意気というのは、感動的ですらあります。  けれど、後になってそうでしかあれなかった自分の不幸や寂しさを認めて、それを別の仕方で取り返す決意をしている訳です。  これはもともと1958年に出た『見えない配達夫』という詩集に収録されていたそうですから、刊行当時の著者は32歳、当時の社会通念ではすっかり落ち着いた年頃と言っても過言ではないでしょう。晩年の彼女の詩には「詩はたぶらかしの最たるもの」という一節がありますが、『わたしが一番きれいだったとき』という詩は若者としての自分へのある種のレクイエムだったのかも知れません。  その意味で、今期のてんびんもまた、これまで気付いていなかった自身の不幸や寂しさを認め、きちんと供養をしていくことが、今後の新たなチャレンジの原動力になっていくはずです。 参考:茨木のり子、谷川俊太郎選『茨木のり子詩集』(岩波文庫) 《蠍座(さそり座)》(10/24〜11/22)今期のさそり座のキーワードは、「パンの効験」。 人生いかに生くべきか、という倫理の問題も大切だし、すぐれた文学作品はそうした問いに応えるだけの内容をもっていますが、生きるというのは、何よりもまずパンによって生きることに他なりません。  その点、文芸評論家の篠田一士の『世界文学「食」紀行』には、著者が選び抜いた古今東西の文学作品に描かれた美味珍味を紹介され、その口腹の愉しみがこれでもかと謳われているのですが、その冒頭には「舌代」と題されたまえがきがあって、そこには次のようなエピソードが記されています。  「もう四十年もむかし、はじめて『アンナ・カレーニナ』を読んだとき、出だしから間もなくのところで、オブロンスキーとレーヴィンがモスクワのホテルの食堂で、フルコースの料理を食う場面がある。(中略)当時のぼくに、舌なめずり、あるいは、喉を鳴らさんばかりの思いをさせたのは、ひとえに生牡蠣を食う描写だった。二人の男が三十箇の生牡蠣を、つぎつぎと銀のフォークで、「玉虫色に光る貝殻から汁気の多い身を剥がし、あとからあとから口へ持って」(米川正夫訳)ゆくさまが、なんとも堪らず、これぞ小説、これぞヨーロッパと、一挙に恍惚境へ誘いこまれてしまったのである。」  これを書いた著者が日本文学史上最高の巨漢であったこともあいまって、まさに読者ごと異(胃)次元へと運ばんとするような書きぶりです。とはいえ、もちろん贅をつくした美食ばかりがパンにあらず。  例えば著者は正岡子規の「梨むくや甘き雫の刃を垂るる」という句を紹介しつつ、「俳句に読まれる口腹の楽しみは、おしなべて、人ひとりといった孤独の気配がただよい、なんとなくうらがなしく、淋しい」と書いていますが、それもまた生きるということのリアルな味わいでしょう。  ひるがえって、あなたが思い描く憧れの食の恍惚境とはどんなものでしょうか。あるいは、何度も立ち返りたくなる味わい深い情景とは?  いずれにせよ、今期はそんな自分にとって効能あらたかな「パンの効験」について改めて思い描いてみるべし。 参考:篠田一士『世界文学「食」紀行』(講談社文芸文庫) 《射手座(いて座)》(11/23〜12/21)今期のいて座のキーワードは、「矛盾を生きる」。 アウシュヴィッツ強制収容所の抑留体験を書いた『これが人間か』で世界的に知られる作家プリーモ・レーヴィが自死の2年前に刊行したエッセイ集『他人の仕事』のなかに、「私の家」というエッセイがあり、自身の子供たちのことについて綴ったその短いエッセイの冒頭には次のように述べられています。  「私はこれまでずっと(いたし方のないいくつかの中断を伴いつつ)、自分の生まれた家に暮らしてきた。したがって、私の暮らし向きは選択の結果ではなかった。私は自分が定住志向の極端な例、ある種の軟体動物、たとえばカサガイにも匹敵するような極端な例を示しているものと思っている。カサガイは幼虫のあいだのほんのわずかの期間、自由にあたりを泳ぎまわったあとは、海中の岩のひとつにしがみつき、自分を覆う貝殻を分泌し、残りの生涯をそのなかで過ごしつづけるのである」 彼が暮らしたアパートメントは、19世紀から20世紀の移り目に現れたごくありふれた家のひとつで、都心にも近く、かといって決して騒々しくもない、理想的なロケーションにある住居。で、彼にとってそんな生家は「古い馴染みの友人」のようなものであった一方で、先のエッセイに書かれていたように、自らが身をひそめる貝殻のようなものでした。あり、そこで彼は「いたし方のないいくつかの中断」すなわちアウシュヴィッツでの濃密な記憶に、仕事での旅行などをめぐる淡い記憶をからめつつ、みずからを覆う「貝殻を分泌して」暮らしてきた訳です。  貝のやわらかな肉はそれに護られつつ、同時に縛られてもいて、それはレーヴィにとって無視できないひとつの決定的な矛盾として受け止められていたのではないでしょうか。  その意味で、レーヴィは決して生家から離れなかったがゆえに、作家として活動し続けられたのだとも言えます。そして、人は自らに決定的な限定や制限をかけることでかえって大きな可能性を開花させていくことができるのだということは、今期のいて座にとっても大いに指針となっていくはず。 参考:細見和之『アイデンティティ/他者性(思考のフロンティア)』(岩波書店) 《山羊座(やぎ座)》(12/22〜1/19)今期のやぎ座のキーワードは、「隣の家にお醤油を借りにいくことがもっと気軽にできるような社会」。 この言葉は元『WIRED』日本語版編集長の若林恵の言葉で、その対極にイメージされているのは地域活性とか地域振興の現場で重くのしかかる「右肩上がり幻想」。  著者はコミュニティデザインをなりわいにしている知人から、世界遺産登録を受けたところで、その近隣のコミュニティが経済的に潤うのは三年くらいで、その後は元通りになってしまうケースがほとんどという話を聞いて、「だいぶ暗黒な未来図じゃないか」とショックを受けます。記事の日付は2013年9月10日ですが、2020年も暮れかかっている現在でも事情はそう変わっていないでしょう。  これといった産業もなく、税収もギリギリで持ちこたえているような共同体を、ひとつの閉鎖宇宙にしてしまわないためには、地域の人たちがお互いにコミュニケーションできて、助け合えるような場をつくっていくことが大事なのだという対応策へと著者は話を一応は落着させていきますが、ただ、その際の最大のボトルネックになってくるのが「右肩上がり幻想」であり、これを取り除くことが最初に取り組まなければならないタスクなのだと言います。  そのためにも、人間の身体であれ共同体であれ、末期症状に陥ってしまった際に大切になってくるのは、絵に描いた餅のような軌跡の治療法や振興策ではなく、毎日のちょっとした天気の話や玄関の鉢植えについて会話するようなごく軽いコミュニケーションの回復であり、「隣の家にお醤油を借りにいくことがもっと気軽にできるような」関係の確保なのでしょう。  行政が破綻したとしても、その土地に住む人々の暮らしは続いていく。そのことを、私たちは9年前の東日本大震災で痛感し、そして今回のコロナ禍でつくづく思い出させられたはず。 今期のやぎ座もまた、地味だったり小さいながらも確実に再生への希望を展開させていけるかが問われていきそうです。 参考:若林恵『さよなら未来―エディターズ・クロニクル2017-2019』(岩波書店) 《水瓶座(みずがめ座)》(1/20〜2/18)今期のみずがめ座のキーワードは、「紙一重のご加護」。 およそ高僧伝というものは昔からどうも苦手で、それよりも例えば山中で鳥獣を捕殺して生きる「屠児(とじ)」が、罪深きおのれの身を厭いつつもなお生き抜き、ついには五色の雲たなびき、妙なる天上の音楽の響くうちに人知れず大往生を遂げていった、などといった話の方が遥かに好ましく感じられてきました。  しかし、鎌倉時代の忍性(にんしょう)というお坊さんには、どこかそれと似た匂いがするのです。寛元の初め(1243)に畿内の癩者(らいしゃ)つまりハンセン病患者1万人以上を集めて食べ物を施行したとされる忍性には、中でもとても印象的なエピソードが残されています。  「…奈良坂に癩者あり。手足よじれて物乞いするに難し。故をもって数日、喰わずしてあり。時に忍性、西大寺にあり。これを憐れみて暁に奈良坂の宅にいたり、癩を負いて市中に置き、ゆうべに置いてその癩者の舎に帰る。かくの如きは数年、日を隔ててゆき、風雨寒暑といえども欠かさず。癩者、死に臨みて曰く。我、必ずやまたこの世に生まれ変わり、師(忍性)の役(手伝い)として師の徳に報いんと。しこうして、顔面に一瘡(一つの傷)を留め、証拠となすのみ……。」(『元享釈書』)  つまり、身動きできず、物乞いにも出かけられない癩者を背負って坂と市中をくる日もくる日も往復したのだと言うのです。「一瘡」を顔に留めることを誓って去っていったその癩者は、果たして蘇ったのか。蘇ったのだ。  「…はたして、忍性の弟子の中に、顔に瘡の者あり。給仕役をよくす。人呼んで、癩の後身たりと……」  もちろん、こうした伝承を眉唾ものと決めこんで一掃するのは簡単でしょう。けれど、他の非人(被差別民)たちがこの話をまことしやかに噂しただろうこと、そして中にはそこに何か信じられるものを見出した者がいただろうことは確かなように思えるのです。  今期のみずがめ座もまた、そんな紙一重のところで信じられるような奇跡や足跡のなかに、自身の歩みを後押ししてくれる力を感じ取っていくといいでしょう。 参考:横井清『中世を生きた人々』(福武文庫) 《魚座(うお座)》(2/19〜3/20)今期のうお座のキーワードは、「身もだえ」。 山折哲雄の『「歌」の精神史』に浪曲師の春野百合子さんの言葉が紹介されていました。浪曲は戦後になって、伝統芸能のなかで「軍事浪曲」だの「愛国浪曲」だのといったいわれなき非難を浴び、転落の道をたどり、特にインテリ層から「浪花節的」といわれ差別されてきましたが、春野さんはそうした世間の風潮に抗するようにこう言っていたのだそうです。  「人は浪曲を古いというけれども、じつは、これは人間の「身もだえの話」なのです。いつの時代にも変わることのない話なんです」  ここで言う「身もだえ」とは、狂おしいような思いであったり、人情というものの時に常識破りの深さを指すものだと思いますが、それを五七五七七のリズムにのせて魂の叫びとしていった歌人に、例えば西行が挙げられるでしょう。  「うかれいづる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ」(『山家集』)  例えばこの「うかれいづる心」は、自分自身のものでありながら自身のもとから乖離し、外へ外へと駆り立てられていく激しい心性を表しており、おそらく桜の花を見ているうちに、いつのまにか感情が昂ってどうにもならなくなってしまい、そうした恋情を歌にしたのでしょう。  そこには上手に詠もうとか、それで名誉を得ようといったことは二の次三の次で、ただそうせずにはいられなかったことを、苦しみながらも鍛え上げ、自身の仕事であり、使命としていった訳で、「身もだえ」ということを軸にすれば、文化的な和歌も通俗的とされる浪曲も、固く結びついているはずです。  今期のうお座もまた、それほどの「身もだえ」こそが自身のやるべきことを告げ知らせる所作なのだということを改めて思い返していくといいかも知れません。 参考:山折哲雄『「歌」の精神史』(中公文庫) <プロフィール>應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。--------占いの関連記事もチェック--------ルネ・ヴァン・ダール研究所のMORE HAPPY占い(無料)365日お誕生日占い(無料)文/SUGAR イラスト/チヤキ
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  • アメリカでは2019年に、日本でも今年放送が開始されたドラマ『LA's FINEST/ロサンゼルス捜査官』。主演を務めたジェシカ・アルバ(39)は、近年実業家としての活躍が目覚ましく、なんとドラマのレギュラー出演は18年ぶり! このたびオーストラリアの情報番組にリモート出演し、久しぶりに出演を決めた理由を語った。 Photo:Getty Images開口一番、「ガブと一緒に仕事するのが好きなの」と、共演者であり、共同プロデューサーも務めているガブリエル・ユニオン(48)について言及。さらに「それが主な理由だけど、もうひとつは、大抵男性が主役を務めるストーリーに挑戦できるから」と加え、ハリウッドにおけるジェンダーバイアスと闘うことが目的と宣言した。 Photo:Instagram(jessicaalba)同ドラマは1995年に公開され、ウィル・スミス(52)とマーティン・ローレンス(55)が刑事コンビを演じたアクションコメディ映画『バッドボーイズ』のスピンオフ。原作が大ヒットしたこと、また男優の役を演じることは、プレッシャーだったはず。 しかし、果敢にも18年ぶりの大役を受けたジェシカ。さらにはドラマの内容だけでなく、撮影のセットでも、女性が働きやすい環境になるよう心がけたそう。 Photo:Instagram(jessicaalba)「私のトレーラーは、子どもが来て遊べるようなデザインにしたの。そうしたら、ガブも自分の子どもを連れてきたわ。教職員のストライキがあった時には、スタッフのひとりが子どもを保育所に預けられずに連れてきた。もちろん、誰ひとりとして表情を変えることなんてなかった。それに女性ふたりが共同プロデューサーっていうのも、ハリウッドでは異例だと思う」 Photo:Instagram(jessicaalba)そんなジェシカが家族や女性のために行動するのは、今回が初めてではない。2011年には、「安全なオムツがない」という理由でベビー・マタニティ用品ブランド、オネスト・カンパニーを立ち上げ大成功。 同社では女性の雇用を促進し、リーダ職にある女性の率を創業当初の15%から60%にまで引き上げたという。男性の育児休暇も推進し、オフィス内には、授乳ができる“ママの部屋”も設置されているとのこと。  この投稿をInstagramで見る Jessica Alba(@jessicaalba)がシェアした投稿 そんな経験を糧に、いまだ性差別が問題となるハリウッドにカムバック。女性の働きやすさを訴えるジェシカ。残念ながら同ドラマはシーズン2で打ち切りが決定したが、今後も様々な形で活躍する姿を見せてほしい! >>「痛みを分かち合うことで、私たちは癒しへの一歩を踏み出せる」。メーガン妃、第2子を流産していたことを公表 >>カーラ・デルヴィーニュがセックス・トイ業界に参入! リリー・アレンに続き、ブランドの共同オーナーに text : Mariko Peeling    
  • 話題の映画から、おすすめ作品を厳選して紹介!公開中&近日公開予定の話題作の中から、おすすめ映画をご紹介します。『滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie』ダンスやアクション、腹筋太鼓など、肉体を駆使した唯一無二のエンターテインメントを構築した舞台が映画化! 映画単独初主演を務めるSnow Manの雄姿はもちろん、滝沢秀明監督の演出にも注目。毎年チケットの争奪戦になる人気舞台。大スクリーンで堪能できるチャンスを見逃さないで! ●12/4〜全国公開©2020「滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie」製作委員会『燃ゆる女の肖像』18世紀のフランスを舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と女性画家の恋を描く。2019年のカンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。シャーリーズ・セロンが「この映画を本当に愛しています。4回観ました」と告白するなど世界中の映画人が絶賛。ふたりの鮮烈な愛の物語に酔いしれて。●12/4〜TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開©Lilies Films.『パリのどこかで、あなたと』パリの隣りあうアパートで暮らしながらも、お互いを知らないメラニーとレミー。30歳という節目の年齢を迎え、仕事や人生に悩みを抱える不器用なふたりは、それぞれセラピーに通い始める……。運命の出会いは意外にもすぐそばにあると思える、ロマンティックなラブストーリー。●12/11〜©2019 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA▶▶【おすすめ☆映画】をさらにチェック ♡最新号の試し読み・電子版の購入はこちら♡ ※2020年11月28日時点での情報です。公開日などは変更になる場合があります※詳しくは各公式サイトよりご確認ください原文/松山 梢
  • ジャニーズ史上最年少で衝撃のデビューを果たしたSexy Zoneも、メンバー全員20代に突入。松島聡さんが約1年9カ月ぶりに活動を再開し、5人そろってBAILA本誌に初登場です! 今回はマリウス葉さんのインタビューをご紹介。 Sexy Zone・マリウス葉 まりうす よう●2000年3月30日生まれ、ドイツ出身、O型。グループの最年少はドイツ語、日本語、英語を話すトリリンガル。アイドルに人生を捧げる覚悟とスケールの大きさがずば抜けている。現在ラジオ「Sexy ZoneのQrzone」(文化放送 月~木曜22時30分~)では5 人でパーソナリティを務める。 今ある環境はすべて当たり前じゃない。一秒一秒が貴重な瞬間 「リハーサルやステージでお互いの立ち位置を確認し合う瞬間は、鼓動が高鳴ります。(松島)聡ちゃんとツインになる振り付けは、ついつい絡み合いが楽しくなっちゃうし、やっぱり僕の愛する“シンメ”なんで、安心感がありますね。  10代のころにジャニーさんから、“YOUは日本語よりも、英語を勉強しなさい!”と言われたことがあって。それをきっかけに、英語を必死で勉強して、今では英語で授業を受けるような大学に進学。思考にも変化が生まれました。ジャニーさんの言葉は影響力があるし、感謝しかありません。  僕は日々やりたいことをリストアップしたり、想いを文字で残すようにしています。文章にしておくと客観的になれるんですよ。この時期にこういうことを思っていたのかと振り返ることもできるし、今も同じ気持ちか問い直したりも。僕のマイルールは正直でいること。たとえば仕事なら、知らないことを恥ずかしがらずにちゃんと聞く。人間関係もそうで、相手にも自分にも正直でいたい。嫌なことは嫌っていうのもときには必要なことだと思う。裏表なく、心から大好き!って思い合える相手との友情を大切にしたいんです。  最近ふと感じるのは、“愛すべきもの”って結局自分自身なんじゃないかな。自分を愛することが、周りを愛することにつながるし、自分を雑に扱うと、周りの人を雑に扱うことになってしまう。だから、まずは自分の心と体をいたわってあげないと。僕はきちんと“ご自愛”できる人間でありたい。そういう生き方を通じて、周りの人にもたくさんの愛を注ぎ、ハッピーの連鎖を届けたいです」 セクシーゾーン●2011年9月29日にグループを結成。11月16日「Sexy Zone」でCDデビューを果たす。当時の平均年齢は14.4歳、ジャニーズらしいフレッシュアイドル5人組でキャッチフレーズは顔面偏差値東大級。2020年3月24日には海外進出を視野に入れた活動をするため、Top J Recordsへレコード会社を移籍後、18枚目のシングル「RUN」が大好評! 「NOT FOUND」 Sexy Zone ¥1100/Top J Records Sexy Zoneとして19枚目のシングルが絶賛発売中。菊池さん主演ドラマ「バベル九朔」の主題歌としても話題。クセになるサビのフレーズが印象的な曲に仕上がっています。 取材・原文/山中ゆうき  ※BAILA2020年12月号掲載 【BAILA 12月号はこちらから!】
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