「夏休みのご飯どうする?」にオススメのデリ♬《ゆっこのライフ》

Marisol ONLINE
私が最近ハマっているのが「ロイヤルデリ」!
ロイヤルデリは、〜シェフが手鍋で作るあたたかな味!〜というコンセプトの通り、おうちでシェフの味を愉しめるフローズンミール(冷凍食品)です♬

夏休みで一番困るのがお昼(-_-;)
子供達の相手をするだけで大変なので、なるべく手抜きしたいのが本音ですよね。
子供のご飯はなんとか準備しても、自分のお昼どうしようっ…てなりませんか?!
そんな時、私はロイヤルデリにしています。

新商品が出たので早速「世界の食卓~夏カレー~」を注文!
小ぶりの段ボール箱に入って来るので、忙しい時はそのまま冷凍庫に入れて落ち着いてから入れ直すことも。
「ロイヤルデリ」は冷凍庫の限られた小スペースの中でコンパクトにストックできるのが嬉しいです。
今回はこの4つを注文してみました。

★海老とカシューナッツのカレー
★カシミールビーフカレー
★ラム挽肉のキーマカレー
★ターメリックライス

カレー類は子供が食べるには少し辛口ですが、ターメリックライスは子供もお気に入りでした。
ロイヤルデリの魅力は、手軽さです。
もう何もしたくない時に、本当に助かっています。
カレーは湯煎するだけ♬ご飯さえあればなんとかなるって素晴らしい!!

今回は平日昼間のパパッとランチだったので、手抜きまっしぐらですが、おすすめの食材や他のメニューと組み合わせるとおうちでレストランのような豪華な食卓も再現できます♬
お友達のうちへお呼ばれした時に、一品持ち寄るのにもロイヤルデリを持参したりして重宝しています。
  • 海老とカシューナッツのカレー
    海老とカシューナッツのカレー
  • カシミールビーフカレー
    カシミールビーフカレー
  • ラム挽肉のキーマカレー・ターメリックライス
    ラム挽肉のキーマカレー・ターメリックライス
<海老とカシューナッツのカレー>
クリーミーさの中に辛さのスパイスがありました。
海老がゴロゴロ入っていたのが、海老好きにはたまりません。

<カシミールビーフカレー>
サラッとしているのに後からスパイシーな辛さが病みつきに!!
深みのある辛めのスパイス感が好きな方にオススメです。

<ラム挽肉のキーマカレー>
ラム挽肉のゴロっと感と、辛すぎない味が魅力。
ターメリックライスは薄く塩味がついているので、そのまま食べても美味しいのですが、合わせて食べると、ラムとターメリックの風味が口いっぱいに広がって美味しいです。


その他にも47種類のメニューがあるので、ストックがなくなる前にメニューを見ながら次の注文をしています。
暑い夏、コロナ禍で出かけるのも億劫な時に冷凍庫にストックがあると安心です。

みなさんの夏休みランチの参考になれば幸いです。

インスタではFPとしてのライフプランを綴っています。
もし宜しければご覧ください♪
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  • アラフィー世代にとって、「親の死」は決して遠いものではない。"その時"を、冷静に、穏やかな気持ちで迎えられるかと聞かれると、答えに窮する人も多いのでは?避けることができない親との別れ、それをどう受け止めればいいのか。親を見送った人の体験談や看取りの専門家のアドバイスをもとに、一緒に考えてみませんか。 【目次】 ①「親との別れ方」をアンケート 「体験談」人それぞれの別れ方 ②田村淳さん「母の死をゆっくり受け止め中」 ③酒井順子さん「亡くなってから親との距離が縮まった」 “看取りの人”小澤竹俊先生が贈る心構え ④親の死の「迎え方」「癒し方」Q&A ⑤親の死をうまく受け入れるために知っておきたい「8つの言葉」 ①「親との別れ方」をアンケートQ.親の死について心配・不安・恐怖を感じていますか?「いずれ訪れること」と達観している人が3割弱いたものの、親と仲がよい・関係が良好という場合、YESと答える傾向があった。Q.親の死や死後について、親と話すことはありますか?「どう切り出せばいいかわからない」という声が目立った一方、親がエンディングノートを作成するなど、自ら動いているケースも。Q.これから迎える親の死に対して、今から心構えや準備などしていることがあれば教えてください・実家に行くたびに、少しずつ片づけや整理をしていこうと思っています。(パート・50歳)・あえて考えないようにしている。(会社員・48歳)・現実的ですが、親の通帳やカードの整理。預金の管理など。(主婦・48歳)・たくさん親の笑顔を見ること!(会社役員・51歳)・父の死の教訓から、延命治療や胃ろうはしないということは確認ずみです。(主婦・48歳) ②田村淳さん「母の死をゆっくり受け止め中」実際に経験された田村淳さんに、今振り返って思うこと、感じることを語っていただいた。プロフィール田村 淳さん田村 淳さんたむら あつし●’73年、山口県生まれ。’93年、田村亮と「ロンドンブーツ1号2号」を結成。バラエティー、経済、情報番組などレギュラー番組多数。遺書動画について研究し、’21年、慶應義塾大学大学院を修了した。“手術はもうしない”という母の最期の希望を受け入れたコロナ禍にまみれた2020年の夏、72歳の母親を見送った田村淳さん。肺がんが発覚してのちの闘病、逝(い)くまでを、幼少期からの母との思い出を含ませながら、『母ちゃんのフラフープ』という本につづった。 「母ちゃんに、がんが見つかったのは6年前です。めちゃくちゃたくましくて明るい人だったので、信じられませんでした。到底、受け止められなくて……」 直後に頭に浮かんだのは、20歳のころから、母からずっといわれていた「私には延命治療はしないで」という言葉だった。 「元看護師だったんです。常に生と死を考えざるをえない現場にいた、それが大きかっただろうなと思います。それに死をめぐって、いろいろな家族の姿を見てきていた……そんなこともあったようです」 手術をためらった母を、説得した。「母ちゃんの意思は尊重するけど、これは悪いところだけをとる前向きな治療だよ。家族全員の総意だから、考えてと」 2カ月後、手術にいたった。無事にすんだが2年後、再発した。今度は「あらゆる手術も、がん治療もしない」と、母の決意は固かった。父と弟と3人で何度も話し合った末、母の最期(さいご)の希望を受け入れることにした。 「母ちゃんは人生を投げ出したわけではない、残された命を精一杯、生きる道を選んだのだと。それを見守ることが務めだと思いました。僕らはグループラインを作って、常に連絡を取り合うようになりました」 「人生でやりたいこと」をノートに書いていたと知り、その中のひとつ、“屋形船に乗りたい”という思いを東京湾でかなえた。 「日ごろからお世話になっている人たちをたくさん招いて、幸せな日でした。ずっと元気なのではないか、とさえ思えた」 だが病は進行していた。主治医から余命が告げられた昨年、しばらくして大腿骨を骨折するかたちで入院となった。このころには全身に痛みを抱えていたが、死を覚悟した母が最期に望んだのは、『なんとか一時退院して、長年、住み慣れた家で72歳の誕生日を迎えたい、孫たちにも会いたい』という願いだった。家族はその望みに応えた。そして、再入院した母は息をひきとった。 「実はがんが発見された年に、母ちゃんから“尊厳死求め宣言書”なるものが、送られてきていたんです。『私の要望に基づく行為、いっさいの責任は、私自身にあります』と書かれていました。そのほかにも、『終活ノート』を用意していて、家族それぞれに向けた言葉、葬儀の会館や棺に入れてほしいもの、それからなんとウェディングドレス姿の遺影、読経をしてもらうご住職さん、納骨堂、出棺のときの音楽……と、あらゆることをひとりで決めて逝きました。けっこう前から断捨離も始めていたらしく、そのことを妻は気づいていたのですが、タンスには服一枚ありませんでした」 この、死を前にした、潔いと思えるほどの覚悟については本書に詳しい。 「何事にもへこたれずに、まるごと生きてきた母ちゃんらしい最期だったと思います。コロナ禍で参列者は12人とかぎられましたけど、みんなで泣き笑いしてしまうような、温かい見送りができました」一周忌を迎え、いまだ母の死をゆっくり受け止め中。人生はまだ続くので、すぐに受け入れなくてもいいかな、と。先月、一周忌を迎えた。「(母の死を)いまだ受け止められない自分もいますが、早く受け入れなくては、前に進まなくては、ということではなくて、人生の中でゆっくり受け入れていけばいいと思っています。ものすごく大きな喪失感がないのは、母ちゃんが自分の死を受け止めて、細かく意思表示をしてくれていたこと、親子で気持ちを伝え合えたことが大きいと思います。だから後悔はありません」親に伝えなかった後悔より、 伝えてしまった後悔のほうがいい。忖度し合っていたら、親の気持ちはわからない親と、老後や死について話す。これはなかなかの難関だ。だが田村さんは自分の経験から「親に伝えなかった後悔より、伝えてしまった後悔のほうがいい」と話す。 「忖度し合っていたら、答え合わせができなくて、親の気持ちはわからないままです。逝く人にジャッジしてもらわないと、遺(のこ)される側の心の負担になることは多いと思う。子が親に根掘り葉掘り聞くのって、はばかられるけれど、“どう死にたいの”よりも“どう生きたい?”と聞くと、死の話にも自然とつながるのではないでしょうか」 田村さんの父は納骨をできずにいたというが、1年が過ぎ、「母の決めた納骨堂に納める気持ちになったようです」という。 「世間的には、納骨の時期とかあるかもしれませんが、うちはうち。そばに置いておきたかった気持ちが大切だと思うんです。無口で頑固な父ちゃんが、すっかりしょげて泣くこともあった。母ちゃんは、この先父ちゃんが死んだら、自分の骨といっしょにして、暮らした下関の海に散骨してほしいとも遺していきました。いずれ……その時がきたらかなえてあげたいなと思っています」 2017年から、田村さんは遺書動画サービス『ITAKOTO』というプロジェクトを始めている。母の病気のこともあり、遺していく人たちに直接、動画でさまざまな事柄、気持ちを伝えられないものか、と考えたからだった。そのために大学院で死について多面的に学んだ。 「唯一の心残りは、修了したことを伝えられなかったこと。こんなドラ息子でもがんばったよって、伝えたかったな」 “死”は「人に人生を考えさせる」という。「命は有限で、ふいに終わりがくるかもしれない。やりたいことはすぐにやろう。改めて母ちゃんが教えてくれた。あの母ちゃんの息子に生まれて幸せでした」『母ちゃんのフラフープ』 田村 淳 ブックマン社 ¥1,540 下関市・彦島で生まれ育った少年は、芸人を目ざし上京。成功するまでには常に母の励ましがあった。その母が患い看取るまでをつづった、感動の家族物語。巻末に「遺書概念」についての修士論文を収録。 ③酒井順子さん「亡くなってから親との距離が縮まった」エッセイストの酒井順子さんは親との別れをどう受け止めたのか、自身の体験を語っていただいた。酒井順子酒井順子さかい じゅんこ●’66年、東京都生まれ。鋭い観察眼と独自の考察力、軽やかな文体でつづられるエッセーは毎回話題に。『負け犬の遠吠え』『子の無い人生』『駄目な世代』『ガラスの50代』など、エクラ世代の心に刺さる著書多数。亡くなってからのほうが親との距離が縮まりました30代で父を、40代で母を亡くし、すでにご両親との別れを経験している、エッセイストの酒井順子さん。 「父は余命が宣告されていたので、なんとなく覚悟ができていましたが、母の場合は、ほぼ突然死に近くて。なので、どちらも違う大変さと悲しさがあるとわかりました。余命が宣告されていても、家族にとっては、やはり死は突然訪れるものですから」 そして、「手続き関係など、やるべきことは、最後の親が亡くなったときのほうが大変かもしれません」と。 「父が亡くなったときは、母が相続の手続きやら何やらをやってくれたので、ただただ悲しみに暮れることができました。でも、母のときは、葬儀の前後は、兄夫婦がいろいろ担ってくれましたが、そのあとは、私自身が動かないといけないことが、けっこう多くて。それに忙殺されているうちに、いつのまにか時間が過ぎていったという感じです。ただ、今思えば、あの忙しさも、恵みのようなものでした」 役所関係や金融機関の届け出に始まり、相続や実家、お墓がらみの手続き、親の友人・知人への連絡と弔問客の対応。遺された家族がやらなくてはいけないことは、多岐にわたり、しかも、期限も決められている。悲しみに浸ってばかりはいられないというのも、また事実だ。 「手続きをしたり、母の友人たちと話をしたりといったことを通して、母の死が、だんだんと自分の中にしみ込んでいったような気がします。むしろ、そういったことに追われることのない立場でいたら、もっとつらかったかもしれません」死後にやるべきことは多々あって大変だけれど、ひとつずつこなしていくことで、親の死がだんだんと体にしみ込んでいった気がします悲しみや寂しさで心が押しつぶされそうになっていようと、目の前に、やらなければいけないことがある。それは、遺族にとって残酷なようでいて、“今日”という現実を生きる後押しにもなるのだろう。 「母の友人たちとじっくり話す機会をもつことができたのはよかったですね。『順子ちゃん、実はね……』って、母とボーイフレンドたちとの交遊についてもいろいろ聞くことができました。ある程度知ってはいましたが、『まだ、あったのか!?』と(笑)。生前から、母は母である前にひとりの人間だということは、わかりすぎるくらいわかっていたのですが、人間として、女としての人生をまっとうしたことがわかり、『お見事』と思うことができました」 亡くなったからこそ、知ることができる親の顔もある。そうやって、親の生き方をたどっていく作業も、親の死を上手に受け入れる助けになるのかもしれない。 「わが家もですが、父親が先に亡くなり、母親がひとり残されるというケースが大半ですよね。同世代の友人たち、特に女性の場合は、そんな“父亡きあとの母”の扱いに苦慮している人が、多いような気がします。男の子の母親に対する気持ちは、また違うと思うのですが」 母と娘、その関係はときに厄介だ。同性ゆえに、「娘なら、私の孤独を理解し、労わってくれるはず」と、母は期待し、娘は、「娘なのだから、その思いに応えなければ」とがんばりすぎて、しんどくなる。「これは友人のケースですが、彼女は、親孝行を“仕事”としてこなすことにしているそうです。自分の感情は抑え、仕事の数値目標のごとく、定期的に旅行に連れていったり、食事をしたり。 私は、母が存命中、友人たちと、親孝行の物々交換をしていましたね。私は、学生時代からの友人のお母さまから、『おひとりで大変ですよねぇ』と愚痴を聞き、母は私の友人たちにちやほやしてもらうという。他人の親に対してであれば、いくらでも優しい言葉をかけることができますから(笑)」親の半生から実務的なことまで、もっといろんな話をしておけばよかったと思っています親が健在な読者に対して、酒井さんがもうひとつアドバイスしてくれたのが、「いろいろな話をすること」。 「親も初めから親だったわけではなく、子供時代も青春時代もあるんですよね。それを聞いてみると、とてもおもしろいと思います。今の自分にいたるまで、そうやって命がつながってきたんだなと実感できますし。自分が小さかったころの話や、実家はいつ修繕したかといった実務的なことも親が元気なうちに聞いておくといいと思います」 親の死から時間が流れるにつれ、親への思いも少しずつ変わってきた。 「先日、新型コロナウイルスのワクチン接種をしたんですが、ちょっと怖くて。そのとき、私が頼ったのは、親でした。父からもらったブレスレットと母のピアスを身につけて、心の中で、『お父さん、お母さん!』と(笑)。生前は口にすることなんてほとんどなかったのに、毎日仏壇に手を合わせて、『いろいろありがとう』とつぶやいたり、『こんなとき、お母さんだったらどうしていただろう』と、思いを馳せたり。亡くなってからのほうが、親と仲よくなっている気がします。親が生身ではなくなっているからか、客観的に見られるようになって、理解を示せるようになったのかもしれませんね」 親の死によって、もたらされる新しい親子関係もあるのかもしれない。 「家族の死は、自分の死を意識させます。特に4年前、兄が病気で亡くなったときは、生きているというのは当然のことではなく、本当の意味で『有難い』ことなんだなと感じました。私は、結婚していないし、子供もいないので、看取ってくれる家族はいません。自分が60代、70代になったときは、友人や近所のかたがたなど、身近な人たちが支えになるんだろうなと思います。家族ではないとしても、『寂しい!』と感じたときに、泣きつける関係があるといいですよね」『家族終了』 酒井順子 集英社 ¥1,540 両親に次いで兄を亡くし、生まれ育った生育家族が“終了”。それを機に見つめ直した、自身の家族や日本における家族機能の変化、そして、家族という形態の将来。家族について考えさせられる一冊。 ④親の死の「迎え方」「癒し方」Q&Aこれから訪れるであろう親の死への恐怖や不安、すでに世を去った親に対して抱く後悔、癒えない悲しみ。アンケートには、親の死にまつわるさまざまな悩みや疑問が寄せられた。それにアドバイスをしてくださったのは、緩和ケアに25年間従事し、これまで3500人以上の患者を看取ってきた小澤竹俊先生。「親の死の迎え方」「親の死の癒し方」に関する悩みに回答。教えてくれたのは…ホスピス医 小澤竹俊先生ホスピス医 小澤竹俊先生東京慈恵会医科大学医学部卒業後、山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センターやホスピスなどを経て、’06年、めぐみ在宅クリニック開院。『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』小澤竹俊 アスコム ¥1,320 「人生の意味を考えることは、自分にとって本当に大切なことに気づくこと」という小澤先生が、そのための17のステップを、温かい筆致で紹介。よりよく生きるヒントがつまっている。Q.病の告知の仕方に悩んでいます完治がむずかしい病気にかかったときは、隠さず教えてほしいというのが親の希望です。告知の際、家族はどのように声をかけ、向き合えばよいでしょうか?(54歳・主婦)A.死を前にした人が「この人は自分をわかってくれている」と思えることが大切この答えはとてもシンプル。「誠実さがすべて」です。たとえ治すのが困難な病気で、それを知ったことで苦しみを抱えるとしても、ご本人が知りたいというのなら、本人にわかりやすい言葉で誠実に伝えてください。そのうえで、ともに道を探っていくことだと思います。 死を前にした人が、穏やかな表情で過ごすのに必要なのは、「自分をわかってくれている」という存在。そうした存在になるには、誠実であることが最も大切。表面的なウソや隠し事は、不誠実につながります。よいことも悪いことも、うれしいことも悲しいことも、偽りのない言葉で伝えていただきたいと思います。Q.元気な親に最期の迎え方の希望をうまく聞けません。延命治療をはじめ、どんな最期を迎えたいか、お葬式、お墓についてなど、親がしっかりしている間に話し合っておきたいことは多々。けれど、まだまだ元気な親だからこそ、そんな話をすると、「死ぬのを待っているのか!」とキレられそう。どう話を持ちかければよいでしょうか?(52歳・自営業)A.「どこで死にたい?」ではなく、「体の自由がきかなくなったら、どこで過ごしたい?」これは大事だけれど、とてもむずかしい問題。私がおすすめしたいのは、有名な人が亡くなったときに、世間話として切り出すこと。「〇〇さんが亡くなったね。晩年は施設で過ごしたようだけど、お母さんだったらどうしたい?」と、亡くなった人の思い出をなぞりつつであれば、比較的聞きやすいと思います。ただし、まだ生きていたいと思う人に、「どこで死にたい?」のような、死を前面に出した問いかけをするのは酷。「聞いたところによると、だんだん歩けなくなって、外出しづらくなったり、お風呂も自分で入れなくなったりするみたい。そうなったとき、どこで過ごしたら穏やかな気持ちでいられると思う?」などと、たずねてみては? “その時”のことをイメージできれば、「みんなに迷惑をかけたくないから施設で」とか「できるかぎり自宅で過ごしたい」など、親御さんも答えやすくなるだろうと思います。それを糸口に、みんなが「よかった」と思える方向性を探ってほしいですね。Q.コロナ禍の今、親の死を迎えるために準備することは?コロナ禍で、ほかの病気で入院していてもお見舞いに行けない、会いにいけないなど、世の中の状況が変わった今、親が死を迎える時がくるまでに必要な準備はありますか?(51歳・主婦)A.親の人生を振り返ることで、親子のつながりを深める親に会いにいきたくても行かれない。この状況はとても悲しく、つらい状況です。けれど、たとえ実際に会えなくても、親子のつながりを強めること、深めることはできます。 まずは、親御さんの人生や人となりを振り返ってみてください。何を大切にし、誇りに思い、どんな役割を果たしてきて、子供たちにどんなことを伝えたいのか。それをなぞることで、親子の絆は太く、強くなると、私は思います。そして、絆が深まるということは、親の死を迎える際の助けにもなると思っています。この先、死にぎわに立ち会えないといったことが、実際に起こるかもしれません。そんなときにも、親との絆が、あなたを支えてくれると思います。「どんな状況にあっても、幸福に、穏やかな最期を迎えることができるのだということを、この世を去っていった患者さんから学びました」そんな小澤先生の言葉が、沈んだ心に光を照らす一助になることを願って……。Q.親の死のショックはいつか癒えますか?母の死から20年がたちますが、「もっとしてあげられたことがあったのに」と後悔したり、亡くなったときのことを思い出して涙が止まらなくなったり。今も親の死を引きずっている自分に、われながらあきれています。時が解決するといいますが、癒える日はくるのでしょうか?(55歳・主婦)A.いつの日か癒えるといいたい。心と心のつながりはずっと生きています。まずお伝えしたいのは、大事な人を失って悲しむのは、極めて自然だということ。それが20年も前のことであろうと、です。特に、親との間に太い絆があればあるほど、その死による心のダメージは大きいもの。なので、悲しみ続ける自分を、おかしいとか、間違っているなどと責めないでください。 この悲しみが、いつか癒える日がくるのかという問いには、私は、「必ずきます」と答えたい。なぜなら、人と人は、心と心でつながることができるから。お母さんの人生を振り返り、その思いをつないでいく。まずは、そこから始めてみてはいかがでしょうか。Q.大好きな母の死を受け入れられるのか心配……母とはとても仲がよく、大好きで、かけがえのない存在です。なので、母がいずれ亡くなるのだと考えただけで、恐怖で胸がつぶれそうになります。今からこんな状況では、“その日”がきたとき、自分がどうなってしまうのか心配。親の死を、穏やかに受け入れられるようになりますか?(48歳・会社員)A.年齢とともに衰弱するのは自然なことなのです。大事な人と、少しでも長く一緒にいたい。そう思うのは当然ですから、「今からお別れの準備をしましょう」とは、とてもいえません。けれど、誰もがいつかは最期を迎えますし、体には年齢相応の衰えが起こります。お母さんのことが大好きなあなたにとっては、つらいことかもしれませんが、それは、大前提として知っておいていただきたいと思います。 そして、“その時”がきたとき、どうするか。お母さんの命をむりやり長らえさせよう、衰弱をくい止めようとすれば、かえって大事なお母さんを苦しめてしまうかもしれません。それよりも、お母さんの体の声に耳を傾け、自然の流れの中で、穏やかなお別れをしていただきたいと思います。Q.父に穏やかな最期を迎えさせてあげられず後悔しています父は生に執着するあまり、病気になった自分の運命を受け入れることができませんでした。「心臓に疾患があるから」と医師に断られても抗がん剤治療を熱望し、その副作用で呼吸困難に陥っても目を見開き、昏睡に陥る直前まで周囲に怒鳴り、暴れていました。鬼のような形相が今も目に焼きつき、トラウマになっています。病気が見つかったときはすでに末期だったので、治すことに躍起になるのではなく、がんと共存するかたちで痛みや恐怖を抑えた穏やかな最期を迎えさせてやればよかった……と後悔しています。(55歳・自由業)A.穏やかな死=最高の最期ではありません。病気と共存するよりも、最後の最後まで病気と闘い、突き進む。それこそが、お父さんの生き方であり、誇りある姿なのではないかという気がします。だとしたら、これは最高のお別れの仕方のひとつ。たとえ最期を怒りの表情で迎えたとしても、それがその人らしさならば、それもまた穏やかな死。お父さんはきっと満足だっただろうと思います。 もしも私がお父さんの担当医なら、「最後まで闘いたいんですね。その思いはどこからくるのでしょう」と、聞いてみたい。おそらく、「孫の成長を見たい」など、死ねない理由があったのだろうと思います。お父さんという人を、そんなふうに理解してあげることもできるのではないでしょうか。Q.ひとり遺された母への寄り添い方しっかり者だった父が亡くなり、実家には母ひとりになってしまいました。気落ちしている母にどう寄り添えばいいのか、アドバイスをお願いします。(48歳・パート)A.お父さんならどんな言葉をかけるか……を考える。穏やかになれる条件は、人それぞれ違います。何があれば笑顔になれ、自分らしくいられるのか。まずはお母さんの性格や生活などを踏まえ、考えてみましょう。それがイメージできたら、なるべくその状況になれるようにサポートを。おしゃべりが好きなら会話の機会を増やす、食べるのが好きならおいしいものを送る、といった具合です。 また、お父さんが、向こうからどんなメッセージをお母さんに伝えるだろうかということにも、思いを馳せていただきたいですね。「お父さんはこんな人だったよね。きっと、天国からお母さんに、こういっているんじゃないかな」。それが、「会いたい」という気持ちや寂しさを、お母さんにもたらすかもしれませんが、同時に絆の再確認になり、“今”を穏やかに生きる力になるだろうと思います。 ⑤親の死をうまく受け入れるために知っておきたい「8つの言葉」悲しみや喪失感、後悔、感謝、恨みつらみ……。親の死がもたらす感情は人それぞれ。そんな自分の気持ちをうまく受け止めるにはどうすればいいか。ホスピス医の小澤竹俊先生に心構えをうかがった。1.人間の死亡率は100%。まずそれを受け入れましょう「人間の死亡率は100%、誰も死を避けることはできません。あたりまえのことですが、まずは、それをしっかりと受け入れて。そして、人間の体は、加齢とともにだんだんと衰弱していくのだということも、覚えておいていただきたいと思います」と、小澤先生。だんだんと歩ける距離が短くなり、自分の世話ができなくなり、いろいろなことを忘れ、食べる量が減り、眠る時間が長くなる。加齢とともに深刻になる体の衰えも、死と同じく、解決が困難だ。 「老いを苦しみだとするならば、残念ながら、その苦しみを取り除くことはできません。けれど、苦しみを抱えながらも、穏やかに過ごし、笑顔でお別れを迎えることは可能。その視点を大事にしていただきたいと思います」2.最期をどう迎えるかは、みんなで悩み、みんなで決めて医師からすすめられた治療に、家族が決断を迷うケースもある。 「本人が意思決定や意思表示できない状況にある場合もあれば、家族それぞれの思いが異なる場合もあるでしょう。やる・やらない、どちらを選ぶにしても、利益と不利益の両方が存在しますから、少なからず後悔はあるだろうと思います。大前提は本人の思いを尊重すること。今は意思表示できなくても、過去に話していたことや言葉にヒントがあります」 例えば胃ろう。食べることが好きだった親ならやめる、母との時間をなにより大切にしていたなら行う、など。 「また、後悔を少しでも減らすのに大切なのは、『ひとりで決めない』『一回で決めない』『専門家の言いなりにならない』こと。家族みんなで悩み、何度も話し合った末に決めた選択肢は、どれを選んでも後悔は少ないのではないでしょうか」3.「3つの支え」が死を穏やかなものに導いてくれます親の死を上手に受け入れられるか否かは、親自身が穏やかな最期を迎えられるかどうかもカギに。 「それは、3つの支えがあれば、可能だと思います。ひとつ目の支えは、『将来の夢』。残された時間が少なくても、将来の夢をもつことはできますし、現世ではなく、死を超えた将来の夢であってもかまいません。夢を抱くと、人は心に輝きを取り戻せます」 2つ目の支えは、「支えとなる関係」。自分を認め、寄り添い、信頼できる誰かの存在が、穏やかな気持ちへと導いてくれる。「人間にかぎらず、ペットや自然、信仰も、大きな支えになります」 3つ目の支えは、「選ぶことができる自由」。これは、特に看取る側が意識したいことだとか。 「死が近づいてくると、選択肢が狭まるのは事実。けれど私は、選ぶ自由があることは、その人が自分らしく生きるために必要なのと同時に、心の支えになると思っています。人それぞれ、支えとなる『選ぶことができる自由』は異なります。下記は、その一例。こうした視点から、親御さんは、どんな自由があれば、穏やかに過ごせるか、考えてみてください」「選ぶことができる自由」はこんな視点で考える療養場所 死が近づいてきたとき、自宅、病院、介護施設など、親はどこで過ごしたいと思っているのか。この選択が尊重されれば、気持ちはかなり穏やかに。病状や状況によってはむずかしく思えても、家族が勝手に決めるのはNG。本人の希望や家族の事情など、一度医療機関など専門家に相談を。保清 保清とは、体を清潔に保つこと。特に大きいのが、入浴やトイレの問題。ひとりでできていたトイレができなくなったとき、紙おむつでもOKか、はってでも自力でトイレに行きたいか。親の希望を聞いたうえで、家族や専門家がどんなサポートができるのかを、みんなで話し合って。栄養 人生の最終段階に入ると、口から栄養を取り入れることは、だんだんとむずかしくなる。とはいえ、食べることを生きがいとしていた人に、有無を言わせず、点滴や胃ろうを施すのは考えもの。どんな方法であれば、親は落ち着いた気持ちで過ごせるのかを聞き、対応策を専門家と考えたい。4.死を目前にした親には、首を縦にふれる言葉をかけて近いうちにお迎えがくる。そんな状況にある親に、どんな言葉をかけたらいいのか。読者からは、そんな悩みも寄せられた。 「親御さんが首を縦に振る言葉を探す。それに尽きると思います。『お父さんはいつも私たちに、約束は必ず守りなさいっていっていたよね』『お母さんが私たちに一番伝えたかったのは、きょうだい仲よくということだよね』。本人が伝えたいであろうメッセージを、言葉にすれば、たとえ会話ができない状態であっても、うなずいてくれます。病気と闘いたいお父さんなら、『お父さんは、まだまだ死にたくないんだよね』と。そうやって、自分の思いを受け止めてくれる人がいることは、そのかたの心に平穏をもたらしてくれるはずです」5.後悔にさいなまれたときは亡くなった親と会話を病院で最期を迎えさせたことを親は怨んでいるのではないか、あの治療法は正解だったのか、元気なうちにもっと会いにいけばよかった。親の死後、自責の念を抱くことも少なくない。 「自問自答だと、どうしても自分を責めてしまいがち。なので、一人二役で、親御さんと心の中で会話をすることをおすすめします。 例えば、『私の判断で入院させてしまったけど、イヤだったよね』と、問いかけてみてください。そのとき、親御さんはどんな顔をしていますか? 穏やかな笑顔で、『そんなことないよ。あなたには感謝しているよ』と答えるのではないでしょうか。心の中で思い浮かべる親御さんは、決してあなたを責めたり、非難したりすることはないだろうと思います。後悔にさいなまれている人が心穏やかになれるには、本人からの許しが必要なのです」6.ふがいない自分を認めてくれる存在をもつ親の介護や看護も十分できていないうえに、仕事や家庭のことも中途半端になっている。そんな状況に自己嫌悪を抱く人もいる。 「人生は、『よくできました』ばかりではありません。100点満点ではなく、50点のときも、もちろんあります。そんなあなたのことを認めてくれる誰かが、すぐ近くにいるのではないでしょうか。ぜひ、そのことに気づいてください」 家族、友人、職場の仲間。「がんばっているよね」「よくやっているよ」と、自分を認めてくれる存在。その存在に気づけるのは、100点満点で自信にあふれた自分ではなく、50点しかとれず、気落ちしている自分だからこそ。 「弱い自分を認めてくれる誰かがいる。それが、弱さの中の強さとでもいうべき、たおやかな力になるのだと思います。ただし、『50点でいいんだ』と開き直るのは危険。最善をつくす気持ちは、どうぞ忘れないでください」7.親の死を悲しめない自分がいてもいいんです「親御さんの死を悲しめないという人もいるでしょう。きっと、親にかわいがられなかったり、過去に抱いた不公平感や不条理など、そう思わざるをえない合理的理由があるのだろうと思います。親への愛着があれば悲しみは大きく、なければ悲しみも少ない。それは、ごく自然なこと。悲しめない自分を責める必要はありません」 過去の親子関係や、親から受けた仕打ちがトラウマになり、今なお自分を苦しめているのなら、“幼い自分”と対話を。「悲しんでいるよね」と、共感し、「大丈夫、ひとりじゃないよ」と、優しい言葉で包み込む。 「むずかしい作業ですが、再出発をするには、心に傷を受けた時点に立ち戻り、そのときの自分に寄り添うことが大切です」8.親が目に見えない存在になっても心と心の絆は残ります「大事な存在を失ってなお心穏やかでいるために、ぜひ皆さんにしていただきたいこと。それは、親御さんの人生をなぞることです」 親とのエピソードを振り返る、家族など親を知っている人と思い出話をする、写真を見直す。親が存命の場合、親に直接、幼少期や青春時代も含め、その半生を聞くのもいい。親の生き様や人となりを知り、心にとめることで、親は自分の中に生き続ける。 「繰り返しになりますが、目に見え、手に触れられる存在でなくなったとしても、心と心のつながり、絆は確実に残ります。そしてそれが、穏やかにお別れを迎えるためになによりも必要なことだと、私は思います」    ▲ページトップに戻る>>「親」に関する記事一覧▼その他のおすすめ記事もチェック 撮影/露木聡子 取材・文/村上早苗 水田静子 イラスト/紙野夏紀 ※エクラ2021年10月号掲載
  • ビューティマニアとして名高い5名のモデルに、今もっともハマっている美容をヒアリング。今回は、大胆にチェンジした髪色が話題の鈴木えみの推しコスメをご紹介! 語ります、私の○○愛 人気モデルズの推し美容 鈴木えみのかみ愛大胆にチェンジした髪色が話題を呼んでいる鈴木えみ。髪への深い愛と飽くなき探究心を併せ持つ彼女が、ブリーチしたとは思えぬほどなめらかな手触りと美しい髪色を保ち続ける秘訣を語ってくれました。 数年ぶりにハイトーンにしたこともあり、最近はヘアケアにハマってます。中でも重要なのが、毎日のカラーシャンプー。日々髪色が変わるので、自然光で色みをチェックして数種類のシャンプーをブレンドするんです。例えば、明るさはいいけれど彩度が足りない時は普通のシャンプー1プッシュに対し、ピンクと紫を1:1の割合でミックス。色みをキープしたい時は、シャンプー2プッシュにピンク、紫を少なめの1:1で加えます。普通のシャンプーをベースにするのは、カラーものだけだと濃く入りすぎるから。私の髪も最初はラベンダー系だったけれど、シャンプーの力だけでピンクに寄せました(笑)。それ以外にも低温のお湯で洗ったり、ヘアアイロンを使わないようにしたりと熱による色落ちには気をつけているけれど、その他のケアは基本的なものを丁寧に行えばOK。トリートメント類は前から使っていたダメージケアものを継続していますが、しっかり補修してくれるのでブリーチ後も傷み知らずですね。 ハイトーンの魅力は……、子供にモテること(笑)。透明感も増すようで、周りから“今まで以上に透けてるね”って言われます。夏いっぱいはピンクヘアを楽しんで、秋になったら『フィフス・エレメント』のミラ・ジョヴォヴィッチみたいなオレンジに挑戦するつもり! 「どちらも美容師さんのオススメで購入。ブレンドして泡立てたら退色しやすい毛先から前髪、中間の順に塗布して5分間放置します。色素が体につかないよう、頭は下向きをキープ」(鈴木)。A 黄ばみを抑えるムラサキシャンプーバン ブロンドアブソリュ 250ml ¥3520/ケラスターゼ B ビビッドな発色で赤みをキープクオルシア カラーシャンプー ピンク 250ml ¥1870/フィヨーレコスメティクス 「以前から愛用しているコンディショナー。毛先までしっとり」。C 髪内部に浸透してダメージをリペア植物由来成分を配合し髪の内外から補強。ボタニカル リペア コンディショナー 200ml ¥4400/アヴェダ  「シャンプー同様、アウトバスも効果の異なる2種類をブレンドして使うのが私なりのこだわり。ダメージが出やすい毛先にのみ塗布します」。D ドライヤーの熱から髪をプロテクトユイル シカエクストリーム 100ml ¥4180/ケラスターゼ E 髪表面をコートしツルツルの手触りにジョヴァンニ フリッズビーゴーン スムージング ヘアセラム 81ml ¥2640/コスメキッチン MAQUIA10月号撮影/吉田 崇(モデル) 新谷真衣(物) ヘア&メイク/岡野瑞恵 スタイリスト/コギソマナ〈io〉 モデル/鈴木えみ(マキアミューズ) 取材・文/真島絵麻里 構成/山下弓子(MAQUIA) ※本記事掲載商品の価格は、税込み価格で表示しております。
  • コロナ禍が長引く昨今、いかに免疫を落とさないかは重要課題。高麗人参、プロポリスをはじめ、鉄板のビタミンCなど、風邪を寄せつけず、疲れまで払拭するスーパー成分が目白押し! また、ニューホープとして業界をにぎわしているのが、5-ALA。ナビゲートはこのふたり美容ライター ナカジー美容ライター ナカジー撮影現場で不調を抱えたヘア&メイクやモデルに「いいと思ったサプリ」を配るのが趣味。美容情報通でも!編集N編集N間もなくエクラ世代の仲間入り。最近疲れやすく、インナーケアの必要性に目覚め、自分に合うものを模索中。《免疫力強化》森光/正官庄 高麗人参 健美力プレミアム「めぐりの秘薬。体が温まり、疲れがとれる!」ヘア&メイク 広瀬あつこさん「小林ひろ美さんのお母さまであり、美容家である小林照子さんが、これで爪や髪が丈夫になり、元気になったと聞いて私も」。栄養素を175種類も含有。10粒×6シート ¥15,980スピック/Lypo-C リポカプセルビタミンC「朝飲めば一日のスイッチがON! 風邪予防にも」ヘア&メイク 千吉良恵子さん「まさに飲むビタミンC点滴! 吸収が早く即効性抜群です」。医療現場で採用されているリポソーム化技術を応用し、ビタミンCの浸透や持ちが秀逸。30包入り ¥7,776ネオファーマジャパン/5-ALA 50mg「コロナ予防&治療効果ありというニュースに飛びつき!」美容エディター 伊熊奈美さん「リモート生活で虚弱ぎみだった体が軽くなった実感が! 肌の調子もいいんです」。体内でウイルスが増殖することを防ぐことができる成分として注目。60カプセル入り ¥11,880山田養蜂場/プロポリス300「信頼の成分で体調も脳も健やかにキープ」美容ライター 山崎敦子さん「飲みはじめてから、体調をくずすことが極端に減少。また、脳の活性化にも威力を発揮し、物忘れが多くなってきた私のお守り的存在」。抗菌作用の高い成分。100球入り ¥8,218Jコンテンツ/フィトリフト LPSサプリメント「不足しがちな免疫活性要素を一度で摂取できます」美容ジャーナリスト 安倍佐和子さん「免疫ビタミンといわれるパントエア菌LPSと3種類の乳酸菌、ビタミンCやプラセンタなどが一度に」。体の中の不要なゴミを掃除する、土壌菌が主成分。30包入り ¥5,400 美容ライター ナカジー&編集Nの《ウワサトーク》免疫強化のインナーケアでウイルスを寄せつけない編集N コロナ禍の今、免疫力アップものが気になります。ナカジー 本当に。でも美賢者たちは、昔から免疫上げは必須事項だった模様。安倍さんのように腸活=免疫上げというかたも多いし、昔からよいとされている、王道の高麗人参やプロポリス、ビタミンCに頼る派も。編集N 私も疲れたときや風邪ぎみのときに“リポC”を飲んでます。ビタミンC点滴級の即効性が!ナカジー 千吉良さんをはじめ“リポCマニア”たちは、口内で「クチュクチュ」させ、歯茎からもビタミンCを吸収しているんですって。口内炎にも一発!編集N あと、高麗人参は長期愛用者が多いですね。水井さんは、小学生のときから風邪をひきそうなときは父親から飲まされていたと聞きましたし、小林さんは母娘ともに毎日欠かさないそうです。ナカジー 約10分で末端まで血流が促されるから、皆さんめぐりがいい感じが。それから最近、業界で話題なのが5-ALA。編集N 長崎大学がコロナに対して、治療にも予防にも効果が期待できると発表したと聞きました。ナカジー この話題で持ち切り(笑)。私もだけど、小林さんも千吉良さんも小田さんも水井さんも最近、予防的に飲んでるという情報を入手。また、小田さんいわく、ゆらぎ肌にも効果的らしい!>>「50代 美容」 関連記事一覧はこちらから撮影/ケビン・チャン スタイリスト/山本瑶奈 取材・原文/中島 彩 イラスト/小迎裕美子 ※エクラ2021年10月号掲載 ※効果実感は、個人の意見であり、個人差があります。
  • コロナ禍で私たちの働き方はどう変わった? 転職・副業・起業を経て自分らしく働くバイラ世代の4人をルポ。会社員、フリーランスを経験し、起業を果たした小野さん。起業するときに手放したもの、そしてその代わりに手に入れたものとは…? 【起業】会社員、フリーランスを経験し自分らしい働き方を探してたどりついた独立起業です! 小野 茜さん(39歳) (株)EAT UNIQUE代表取締役社長。食と女性をキーワードに、AI CROSSなど多肢にわたるクライアントと契約し、広報業務を担う。 キャリアヒストリー 広報が私の天職。独立起業は、私にとっていいことしかないです! アパレル企業でのカフェ運営が、小野さんの食の興味を開花させた。「本場パリで食文化を学びたいと留学を決意。語学学校やワインスクール、料理学校に通いました」帰国後は経験を生かしホテルへ。「平日勤務しながら、さらに食の勉強がしたくてフードアナリスト資格を取得。勤め先の許可を得て週末は認定講師として教えるうちに、より食の業界に踏み込んで仕事がしたくなりフードニュースメディアのライターに転向しました」 そこでプライベートに転機が。「取材先の経営者の方から『結婚して家に入りレストランを手伝ってほしい』と言っていただいたんです。が、仕事を辞めたら生きることが楽しくなくなってしまい……」婚約者との間で1年間だけとの約束で食に携わる仕事に復帰した。「すぐ働ける場所をネットで探し見つけたのが料理教室運営企業。そこから私の広報人生が始まりました。取材対応からイベントの企画まで自由にやりたいことをやらせてもらいました。今まで点だと思っていた経験が一本の線でつながったのが広報の仕事。結果的に会社ではなく結婚をやめました」その後、企業の経営体制の変革が働き方を見直すきっかけに。「いくつか広報職のヘッドハンティングや業務委託の話をいただいて、独立の道が見えたとき『一人でやっていくのなら会社の設立を』と家族や先輩に助言され、会社設立を決心。社員は代表取締役の私一人です。働き方が自由になった分、結果がすべて。その緊張感にやりがいを感じます。私は仕事を自分でつくって自分でやるのが好きなんですよね。だから独立は私にとっていいことしかないです!」 Q.起業に必要なのは? A1 手放す覚悟A2 飛び込むメンタルA3 情報編集力独立を考えていたとき「何かを手放さないと何かは入ってこない」と先輩に助言をもらいました。会社員の待遇を手放し、起業して飛び込むことは何かを手に入れるチャンスだと思えて「手放してみよう」と素直に思えた自分がいました。変化の多い時代をスピード感をもって泳ぎ切る武器は情報です。 Q.何のために働いていますか? A.生きることを楽しむため Q.10年後の自分は? A.広報の新しいメディアを創るなど時代に合わせたPRのあり方を形作りたい変化の激しい時代で、広報の役割や求められるものも変わっていくはず。PRの必要性をよりPRするためにも、時代に合わせた広報とは何か? を発信する「広報」のための新しいメディアを創っていかないといけないと思っています。 取材・原文/佐久間知子 構成/田畑紫陽子〈BAILA〉 ※BAILA2021年10月号掲載
  • モネ、ルノワール、ユトリロ、シャガール、マティスまで、フランスで活躍した巨匠作品に一挙に出会えるコレクション展です。こんにちは、Fumikoです。 ポーラ美術館コレクション展 「甘美なるフランス」行ってきました。 マティス、ルノアール、モネ、デュフィ、ピカソ、シャガール、ユトリロなど、印象派からエコール・ド・パリの時代にフランスで活躍した人気画家の絵画74点が展示されています。 @渋谷bunkamura私は、モネもユトリロもピカソも好きだけれど、やっぱりマティスに心を奪われました。 テキスタイルや家具などを組み合わせて作り出す演出がなんとも好みなんです。 マティスの故郷は織物産業が盛んな街。 父方は織物職人、母方は皮革で財を築いた家。 家には色とりどりの布地があり、自分でも気に入った布地を集めたり、自分で縫った衣装をモデルに着せたりもしてたそう。 素敵だなーー♡ 幼き頃からそういった感性を育んでいたんですね。 私もファッションや美術館が好きになったのは、やはり母の影響が大きいです。 ポストカードも数枚購入しました! 上2枚は以前購入したマティス。左の「赤い部屋」は大好き♡下は今回の展示画「襟巻の女」上左:ボナール 上右:ユトリロ 下左:モネ 下右:モディリアーニ 美術館の帰りは、CITY SHOPでランチ。 想像以上にボリューミーでしたが、野菜のトッピングやデリをチョイスできたりとワクワクしました!!コレクション展、私は平日の午前中に行ったので、混むこともなくゆっくり観れました。 土日祝日は、オンラインによる入場日時予約が必要です。 芸術の秋に、いかがでしょうか⍢□会期 9/18(土)~11/23(火・祝) □会場 渋谷Bunkamura ザ・ミュージアム ※会期中のすべての土日祝および11/15(月)~11/23(火・祝)は【オンラインによる入場日時予約】が必要です。 詳細は下記の公式サイトよりご確認ください。渋谷Bunkamura ザ・ミュージアム 最後までご覧いただきありがとうございましたᴗ̈ Fumiko☆ ーーーーー☆ーーーーー Instagramもお気軽にコメントやフォローいただけたら嬉しいです⍢No.199 Fumiko
  • 今秋に実施される第49回衆議院議員総選挙に向けて、大事な"一票"を投じるために。基本的な選挙の仕組みや制度を改めて学びたい。世代を超えてのクロストークや政治をより身近に感じる新たな視点を通していま一度その意義を考える。望む未来のために、私たちの声を届けよう >>そのアクションが未来を変える。「投票する」ということは PART 1 世代を超えて話す、政治のこと 世代が違えば政治に対する見方や思いは変わる?異なる立場の3人がいまの政治や選挙について、思うことを語り合った (左から) 長野智子さん ながの ともこ●1962年生まれ。フジテレビジョンに入社し、アナウンサーとして数々の人気番組を担当。退社後、渡米し、ニューヨーク大学大学院でメディア環境学を専攻。帰国後は報道番組を中心に活躍している。 清田隆之さん きよた たかゆき●1980年生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。恋愛とジェンダーをテーマにコラムなどで発信。著書に『よかれと思ってやったのに』(晶文社)や『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)など。 能條桃子さん のうじょう ももこ●1998年生まれ。一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN代表理事。『YOUTHQUAKE U30世代がつくる政治と社会の教科書』(よはく舎)を出版するなど若者の政治参加を促進する活動を展開している。 これって実は政治の問題? 私が関心を持つきっかけ 長野さん(以下、長野) 私は1985年、男女雇用機会均等法成立年に就職したんです。そのとき初めて女性アナウンサーが男性と同じ正社員になりました。この経験が自分の中でとても大きく、“女性の先輩たちが頑張ってくれたから、いま私はここにいる”と強く感じて、下の世代につなげなければと思うように。それが政治やジェンダーの意識が芽生えたきっかけです。2人は政治の関心はどこから? 能條さん(以下、能條) 私も政治には早くから興味があって、大学時代は市民の政治参加が盛んなデンマークに留学しました。最近は日本の同世代を見ても、社会に疑問を抱いている人は結構いると思います。たとえば、なぜ日本では選択的夫婦別姓や同性婚について認められないのか。これから結婚する人って20〜40代の人が多いはずなのに、70、80代の人の意見が優先されて、実現しない。制度を使いたい人が求めていることを実現するのが政治の基本だけど、日本では暴動も起きなければ、みんな粛々と生きている感じがします。 清田さん(以下、清田) 僕は恥ずかしい話、30歳を過ぎるくらいまで政治をよく知らなかったんです。ただ、学生の頃から女性の話を聞くことが多く、女性が抱える悩み、セクハラや性暴力、結婚や子育てなどの諸問題は社会制度につながっていると気づき始めて。僕は就職氷河期にあたり、いわゆる“草食男子”と呼ばれた世代で、“少子高齢化は男性が積極的にならないことが原因だ”ともいわれました。当時はそうなのかと真に受けていたんですが、経済、福祉や教育など、制度が整っていないから結婚を選べなかったり、子どもを持てない人も多いんじゃないかと。就職できない、結婚できない、子どもを持てないのも自己責任論で片づけられていたけど、違うんじゃないかって。 長野 本当にそうですよね。私は最近、超党派の女性国会議員でクオータ制を実現するための勉強会を立ち上げました。少子高齢化や労働人口の減少、福祉や年金など日本の問題はすべて政治のジェンダーギャップに通底している。女性の活躍は、男性のライフワークバランスの改善にもつながるはず。そのためには女性の政治家を増やして私たちの声を国政に届けないといけない。政治の話をするとき、若年層の投票率の低さも指摘されるけれど、これについてはどう思います? 能條 同世代の知人と選挙の話をすると「政治に詳しくない人が投票するより、ちゃんと考えてる人が行ったほうがいい」とよく聞きます。私たちの世代は18歳のときに18歳選挙権が導入されて、高校生で主権者教育を学びました。責任を持って選挙に行かなくてはならないことは知っていて、行くなら調べなきゃいけないと思っている。でも、忙しいし面倒くさいから行かない、という人が多いんじゃないかと。だから、私はU-30世代がとりあえず、自分の投票先をどこかに決められる状況をつくろうと思って、Instagramを中心に政治・社会の教科書メディアを立ち上げて運営しています。 清田 10年前の東日本大震災も政治に関心を持つきっかけになりました。当時の国の対応に対して、Twitterでいろんな意見を目にしたり、自分でも発信したり、自分主体で政治を考えるようになって。最近は同世代の男性に話を聞く機会も増えたんですけど、「男は仕事」というジェンダー規範はまだまだ根強く、目先のことで精いっぱいで「政治は偉い人がうまくやったらいいんじゃない?」と思っている印象を受けます。日々仕事で忙しく、家事は妻に任せっぱなしで、問題を問題と認識すらしていない。政治がどこか他人事というか。 長野 リスクに直面したとき、初めて自分に政治を引き寄せて考えられますよね。たとえばコロナ禍の大学生だったら、どうして大学に行けないんだろうって思うはず。理由の1つとしてワクチン接種が思い当たり、じゃあなんで若い人はワクチンがまだ打てないのか、と考える。 能條 私が留学していたデンマークでは若い人の投票率が80%を超えていたんです。そもそも選挙に行くのが当たり前という認識で社会が動いている。選挙はお祭りみたいに楽しむもので、私も友人とポップコーンを食べながら党首討論を見ていました。デンマークは比例代表制なので死票が少ないんですが、「前回、◯◯党に入れたんだけどあれはマジでなかったわ」というような会話をよくしましたね。面白おかしく自分の投票経験を話し、自身の政治観を語る言葉を持っている。 長野 素晴らしい。日本でも自分たちの投票によって政治を変えたという経験をしたいですよね。かつて2009年には政権交代を経験したけれども、結果的にはうまくいかなかった。だからといって、ここで政治を諦めてしまってはダメで、若い世代が住みやすい社会をつくるために、自分たちで政治を変えたという経験ができたらと心から思う。だから、どうしたら下の世代が政治に興味を持ってくれるのかな、といつも考えます。 自分の手で政治は変えられる。よりよい未来に向けて 清田 僕たちの世代が学校教育できちんと政治を学んでいたら、もう少し変わっていたのかなとも思うんですよね。 長野 清田さんが30代になって初めて政治に興味を持ったと言っていましたが、多くの人がそうなのかも。年を重ねるにつれ、社会との接点が増えるから、政治がおのずと身近に感じられる。 能條 確かに私たちの世代は未婚の人も多く、社会とのつながりが薄いので政治を身近に感じにくいというのはあると思います。ただ、若い世代の投票率が上がれば、政治家が若い世代のほうを向いてくれるかというと、それは緩やかな相関関係でしかないと思っていて。たとえばいまの20代の投票率が100%になっても60代には勝てない。若い世代の投票率が上がっていく過程の中で、ほかの世代の問題意識も変わっていくことが同時に成立しないと難しいんじゃないかと。 長野 確かに。でも、選挙に行かない人たちが政治に関心を持ってくれたら、政治家も変わるのではと期待もあります。 清田 それで言うと、僕よりちょっと上の世代、団塊ジュニア世代って人口が多いですよね。彼らは不況のどん底で社会に出た不遇の世代で、非正規雇用も多く、経済力も自信も主体性も持ちにくい。だから政治に対しても諦めムードといわれることも多いですが、この世代が動けば相当変わるかもしれないなって。 長野 なるほど。デンマークでは30、40代の人も政治に関心はあるんですか? 能條 労働時間が短いのでみんな時間に余裕があるんですよね。だから、世代の違いにかかわらず、政治について考える。日本はどうしても考える余裕がない。 長野 ワークライフバランスが改善されることで、政治に関心を向ける余裕もできるのは日本も学びたいですね。 能條 同世代の中には、“政治に期待できないから、自分でどうにかしなきゃ”と思う人も増えてきました。社会の中で生きるというよりも、自分と周りの人が幸せならいいよねっていう。でも、私は政治を完全に諦めると自分たちが損することになるから、やっぱり選挙は行ったほうがいいと思っています。そして、選挙に行くことはダサいことではなく、かっこいいことなんだと伝えていきたい。 清田 政治の話をするのはなんとなくタブーという風潮も変えたいですよね。 能條 そうですよね。同世代の友達と、なぜ自分たちは投票に行くようになったのかと話をすると、親や学校の先生が“選挙は大事”と話していたからかなと。選挙に行くこと、政治について語り合うことは当たり前という雰囲気づくりができたらもっと変わると思う。あと、“選挙には正解がある”と思い込みを持つ人もいるけど、投票先に正解はなく自分の価値観で決めていいということも伝えたい。 長野 それは教育の問題でもある。異なる意見もまずは認めて、その上で自分の意見を言う。そういう議論を繰り返して、よりよい答えにたどり着く。正解か不正解かの二択でつまずいている人には「いやいや、あなたの言ってることも合ってるんだよ」って言いたくなってしまいます。私はいま、日本の政治は世代交代の大事な時期に来ていると思っていて。でも、このままでは日本の未来に希望が持てない。これは政治だけの話ではなく、民間企業もメディアも含めて、過去の成功体験だけを信じて、それがいまでも通用すると思っている人がトップにい続ければ、成長が止まってしまう。だったら下の世代が舵取りをしたほうがいい。そのほうがワクワクするし、明るい社会が見えそうじゃないですか。私たちは下の世代をお手伝いする世代として、みんなで楽しい未来をつくりたいんです。 能條 そうですね。私たちの世代からも政治家が出てほしいなと思います。そういえば、私が通っていたデンマークの学校では選挙のときBBQをする習慣があるんですよ。すごく楽しくて毎日選挙がいいって思ってました。 清田 それ、最高ですね! COLUMN プチ鹿島さんに聞く「野次馬精神も大切だ!」 “硬い”“社会派”と思われがちな政治問題に軽やかにツッコみ、笑いに変える芸人のプチ鹿島さん。政治を楽しむために必要なのは“野次馬精神”だという。 「みなさんの周りにはいろんな噂話が飛び交いますよね。誰と誰がつき合ってる? 誰が昇進しそう? 僕はその野次馬精神を政治に応用しているだけなんです。政治は政策も大事ですが、政治家だって人間。政界ではいろんなドラマが繰り広げられている。韓国ドラマよりも面白い話がたくさんあるんですよ」 鹿島さんが政治を面白がるために欠かせないというのが新聞。14紙を購読し、読み比べをしている。 「なぜならいろんな角度の情報が知りたいから。僕の主観ですが、ホーム側=政権側に近いのは読売、産経。アウェー側は朝日、毎日、東京。日経新聞は基本的に中立で、政界の動向とリンクしている。1つの出来事に対しても新聞各社扱いが全然違うことがあり、面白いですね。あと、スポーツ新聞の社会面は要領よくまとまっていてとても読みやすい。ネットでも気軽に読めるのでオススメです。ちなみに日刊スポーツには『政界地獄耳』という下世話丸出しの匿名コラムがあるんですが、実際に永田町で取材して書かれている記事なので、確証の高いゴシップとして楽しめます。ウェブの記事も面白いけれど、どういう立場の人が書いてるのか? 情報ソースはどこにあるのか? と不安になることがある。その点、新聞は論調の違いはあれど、プロの記者が5W1Hの裏づけを取ってくる。事実確認として利用すればいいんです」 そして、政治のハイライトは選挙特番にアリ! とも。 「政(まつりごと)はお祭りとして楽しむのがいい。選挙特番なんて生放送の面白さが詰まっている。候補者の人生をかけた大勝負、その結果が出る瞬間に立ち会えるわけですから。自分の選挙区はもちろん、激戦区や有名人が出る区を事前に調べておくと俄然盛り上がります。しかも、僕たちはこのショーを観客として傍観するのではなく、一票を投じられるプラチナチケットを持っている。これは参加したほうが絶対に楽しいです」 プチ鹿島 ぷち かしま●お笑い芸人。1970年長野県生まれ。時事ネタと新聞読み比べを得意とする芸風で、ラジオ、テレビ多数レギュラー出演中。著書『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)。 SOURCE:SPUR 2021年11月号「『投票する』ということは」photography: Masanori Kaneshita  illustration: Emi Ozaki edit: Mariko Uramoto
  • 腸活で、“なんか不調”とさようなら!なんとなく体がスッキリしない季節の変わり目。そんな時こそ頼りになるのは日々の腸活! 冷房生活や冷たいもののとりすぎからくる冷えや残暑の疲れで不調が現れやすい時期こそ、美と健康の要となるのは腸!教えてくれたのは小林暁子先生「小林メディカルクリニック東京」院長。著書に『免疫力を上げる健美腸ルール』(講談社)など1 免疫を高めるには腸が大事って聞いたけど……本当ですか?YES! コロナ禍でその重要性はさらに高まっています「有害なウイルスや病原菌から体を守る免疫細胞の70%が集中している腸は、体内最大の免疫器官。小腸の粘膜には免疫システムの総合指令所ともいえる免疫組織『パイエル板』もあります。パイエル板や免疫細胞が24時間元気で働けるように、理想的な腸内環境を維持することが大切です」(小林先生、以下同)2 コロナ禍でストレスが増えたら、お腹の調子もイマイチ……特にモア世代は注意。悪循環にはまる前にリフレッシュを「ストレスによって副腎に負担がかかるとホルモンバランスが乱れ、体の機能が低下しやすい状態に。自律神経も影響を受けて交感神経優位になるため、消化管の動きが低下して疲れやすくなります。経験値が少ない若い世代ほどストレスの影響を受けやすいので、意識的に自分のためのストレスフリーな時間をつくることが大事」3 リモートワークで運動不足。でも、腸には影響しませんよね?スムーズな排便には運動が欠かせません「運動不足は便秘の原因となり、腸内環境を悪化させることにもつながります。スムーズな排便のためにも体をこまめに動かして腸のまわりの筋肉を刺激し、ぜん動運動を促すことが大切。夕食の30分後に軽い運動を行うと副交感神経が高まり快眠にも効果的ですよ」4 この時期に起きやすい腸の不調って?軽い脱水症状に要注意!「まだ気温も湿度も高いのに、真夏ほどこまめに水分をとらなくなると軽い脱水症状が起きます。体の水分が足りないと、大腸は水分調節のために便の水分を減らすのでコロコロ便や便秘に。4月から10月末ぐらいまではこまめに水分をとる意識を持って」5 冷房や冷たい飲み物でお腹をこわしがち筋肉を鍛えて熱を産生!「熱を産生する作用のある筋肉を鍛えながらキープすることで冷え防止につながります。腹筋を鍛えると、お腹の張りや下痢などのトラブルが減りますし、筋肉が大きい脚を鍛えるのも効率的。筋トレといっても、階段を上がる、ひと駅分歩くなど軽めの運動で十分です」6 夏の疲れが出て食欲なし。腸のためには何をとるべき?休ませることで回復もスムーズに「普段健康であれば胃が機能低下している時に無理して食べる必要はありません。最低限の水分とミネラル(塩分)をとっていれば、1食抜いて胃を休ませると回復がスムーズに進むことも。食べる時も朝や昼はスープなど軽めに、夕方涼しくなってから消化にいいものをとるのがおすすめ」7 睡眠不足も腸内環境によくないって聞いたけど、それはなぜ?“腸のゴールデンタイム”を邪魔してしまうから「“腸のゴールデンタイム”は、副交感神経が活動のピークを迎える24時以降。寝ている間にしっかり活動して翌朝の排便の準備ができるよう、24時には確実にベッドに入るのが理想的です。また忙しい人も休日に寝だめするのはNG。体内リズムを崩しやすいので注意。できないことをくよくよ考えるより、規則正しく生活するよう心がけることが大切です」 ♡最新号の試し読み・電子版の購入はこちら♡ イラスト/itabamoe 取材・原文/国分美由紀 構成・企画/杉本希久子(MORE)
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